2016年9月3日土曜日

福島原発事故が起きて3年経過した2014年03月11日から03月15日の「阿智胡地亭の非日乗」の記事 その2

2014年03月13日(木)
東電が県に369万円を支払い 新潟日報
2014/03/12 18:07
人件費は初めて

 県は12日、東京電力福島第1原発事故に伴い東電に請求した損害賠償のうち、369万円の支払いを受けたと発表した。事故に伴う食品の放射能検査に当たった職員の人件費が初めて含まれた。支払額は計5億3578万円となった。

 支払われたのは2010、11年度の食品検査費用の一部11万円と、検査のために雇用した非常勤職員2人分の人件費358万円。

 県は10~12年度の経費として計16億1044万円を請求しており、このうち約3億円を占める人件費をめぐる協議が続いていた。

 県放射能対策課は「ようやく論点が整理されてきた。時間外勤務分なども請求を続ける」としている。
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双葉病院、県を提訴 福島・大熊   河北新報
2014年03月13日木曜日

福島第1原発事故で救助の遅れから患者ら50人が2011年3月中に死亡した福島県大熊町の双葉病院が、県の「病院関係者は残っていなかった」とする不適切な報道発表で信用が傷ついたと、県に謝罪を求める訴えを福島地裁に起こした。

 訴状によると、県は同年3月17日、「自衛隊が病院、施設に救出に向かうと、病院関係者は1人も残っていなかった」と報道機関に発表した。病院側は「患者を見捨てて死に至らしめた病院として知れ渡り、信用が失墜した」と主張している。

 病院関係者によると、3月14日に自衛隊が来た時には医師ら6人がいて一部の患者を救助したという。

 謝罪は朝日新聞など全国紙3紙、河北新報など地方紙3紙の計六つの新聞に1回、県のホームページに1年、謝罪広告を載せる形で求めている。金銭的な賠償は求めていない。

 県は「訴状が届いておらず、コメントできない」と話している。

[双葉病院]東京電力福島第1原発から約4.5キロの福島県大熊町にある私立の精神科病院。原発事故当時、系列の老人保健施設「ドーヴィル双葉」と合わせて高齢者を中心に計436人の患者や入所者がいた。自衛隊などが計4回に分けて救出。

避難の完了は2011年3月16日だった。寝たきりの患者らがバスでいわき市の高校体育館まで230キロ以上搬送されるなど過酷な避難で体力を奪われるなどし、11年3月中に計50人の患者や入所者が死亡した。

混乱の中でどちらの当事者もお気の毒だ。しかし偏った正義感で事実と異なったかのような発表を県当局がした現実は残る。

そして、県当局の発表に喜んで飛びついたのは本社在東京の大手新聞テレビ局だった。駐在していた記者たちは被曝地からの退去を会社から指示され、福島県から東京へ去り、自分の足で双葉病院の実態を調査することはなかった。そして例のように県という「お上の発表をコピーアンドペースト」で全国に執拗に何度も何度も流しただけだった。

双葉病院の当事者は本当は、大手新聞テレビ局もガセネタ不良商品販売で訴えたいところだろう。
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近頃北京ではやるもの
一部引用・・

ここではスマートフォンに入ってきた「名作」を紹介する。

親父が村の共産党委員会の物知りの会計係にたずねた。

「(政府がいう)都市化建設というのはいったい何のことだね?」

「まず、政府は8万元でお前さんの土地を2畝強制収用する。それをまた400万元で不動産業者に売るんだ。

お前さんの息子は土地代金8万元と、息子夫婦がためた8万元を手付金としてマンションを買う。

それで連中は20年間はローン地獄で苦労するのさ。これが都市化建設というもんだよ」

おやじは聴き終わると大粒の涙を流して言った。

「なんだいこりゃあ。ちくしょう。早くいえば強盗じゃねぇか」

全文はこちら

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原発の6割、審査申請のめど立たず 3割は再稼働困難か    朝日新聞デジタル
小池竜太、川田俊男2014年3月11日21時13分

 再稼働に向けた国への申請の見通しが立たない原発が全国48基中30基に上ることが、朝日新聞による電力会社へのアンケートでわかった。

当面、再稼働は難しい。うち、13基は国の規制基準を満たすのが難しいとみられる。基準を満たせない原発は再稼働できず、電力会社は廃炉を迫られる。

 東京電力福島第一原発事故を受け、国は規制基準を厳しくした。活断層が原子炉建屋など重要施設の直下にないことや、火災対策の強化などを求めた。さらに、原子炉等規制法で運転期間を原則40年に制限。その結果、老朽化した原発を中心に基準に適合できないおそれが出てきた。

 基準を満たすのが難しいとみられるのは、東海第二(茨城県)、美浜1、2、3、大飯1、2、高浜1、2、敦賀1、2(いずれも福井県)、島根1、伊方1(愛媛県)、玄海1(佐賀県)の13基。
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故吉村昭も驚いた人間の言い伝えのはかなさ
3・11から3年 死者の声に耳傾けよ

東京新聞【社説】

2014年3月11日

 津波の国に住みながら、われわれは、先人の経験を風化させてはいなかったか。大震災の悲しみを忘れず、未来に向けて死者の声に耳を傾けたい。

 故・吉村昭さんの著書「三陸海岸大津波」(文春文庫)に、印象に残る一節がある。

 三陸海岸の羅賀(らが)(岩手県田野畑村)での出来事である。
 はるか眼下に海を望む丘の中腹に立つ民家。一八九六年の明治三陸大津波を知る当時八十五歳の古老は、家の中に漂流物があふれていた、と振り返った。

◆風化する惨事の記憶

 その話を聞き、取材に同行していた田野畑村長が「ここまで津波が来たとすると…」と驚きの声をあげたというのである。
 この本が「海の壁」の原題で出版されたのは一九七〇年。その時すでに、地元でも、惨事の記憶は風化しつつあったのだろうか。
 文庫版のあとがきとして、吉村さんは、その羅賀で二〇〇一年に講演した際のエピソードを書き加えている。

 「話をしている間、奇妙な思いにとらわれた。耳をかたむけている方々のほとんどが、この沿岸を襲った津波について体験していないことに気づいたのである」
 明治の大津波では羅賀に五十メートルもある津波が押し寄せた、という話をしたところ、沿岸市町村から集まった人々の顔に驚きの色が浮かんだのだという。

 羅賀の高台には、明治の大津波で海岸から運ばれたと伝えられる巨石があった。一一年三月十一日の津波は、その「津波石」と集落を再びのみ込んだ。

 親も子もない。助けを求められても、立ち止まらずに逃げろ…。「津波てんでんこ」は、三陸の悲しくも重要な教訓である。

 「われわれは明治、昭和の大津波と同じことをしてしまった」と三年前を振り返ったのは、名古屋市で先月開かれたシンポジウムに招かれた岩手県釜石市の野田武則市長である。

 大きな揺れが収まって三十分ほど。いったん避難した後、家族の安否などを心配して自宅に戻った大勢の市民が津波にのみ込まれてしまった。「平時には冷酷に聞こえる『てんでんこ』だが、その教えは実に正しかった」

◆犠牲多かった市街地

 野田市長の率直な講演は示唆に富む。「犠牲者が多かったのは、沿岸部ではなく、海の存在を忘れがちな市街地だった」「防潮堤や防波堤は高くなるほど危ない。海が見えなくなるからだ」

 守るよりも、まず、迷わず逃げよ。平成の三陸大津波の犠牲者が残した教訓も、結局は、明治、昭和と変わらぬ「てんでんこ」だったのではないか。国土強靱(きょうじん)化が海の脅威を視界から遮ることにつながるとすれば、このまま突き進んで大丈夫なのだろうか。

 よく知られるようになった岩手県宮古市重茂姉吉(おもえあねよし)地区の「高き住居は児孫の和楽/想(おも)へ惨禍の大津浪(おおつなみ)/此処(ここ)より下に家を建てるな」と刻まれた古い石碑。

 その地では、三年前の大津波で住宅被害が一戸もなかった。死者の声を風化させなかったことが後の人々を守った好例である。

 過去に繰り返された津波の被害や到達地点を伝える石碑や古文書は、紀伊半島沿岸部など南海トラフ巨大地震の大津波が予想される地域にも数多く残されている。

 同じように関東、東海地方でも、一七〇三年の元禄地震津波の犠牲者を供養する千葉県山武(さんむ)市の「百人塚」など、房総半島や伊豆半島にいくつもの津波碑が建てられている。

 先人たちが石に刻んで後世に残そうとしたメッセージを再確認する試みが、東日本大震災を機に、各地で始まっている。

 その土地で何が起きたのか。将来、何が起きうるのか。逃げるべき場所はどこか。よそから移り住んだ人にも、一時的に立ち寄る人にも、先人の経験を共有できるようにする工夫を歓迎したい。

 こうした津波碑は漢文など古い文体で書かれている上、物理的に風化していたり、こけむしていたりで判読の難しいものが多い。

◆巨大津波に備えよう

 例えば南海トラフ地震の津波想定域にある三重県志摩市阿児(あご)町の「津波遺戒碑」。だれにでも分かるように、地元の自治会が内容説明の看板を碑の隣に設置した。

碑には、一八五四年の安政東海地震の津波で百四十一戸が流失し、十一人が溺死した被害状況とともに「後世の人が地震に遭った際は、速やかに老人、子どもを連れて高台に逃げよ」と刻まれていた。

 人間は忘れるからこそ前進できるという考え方もあるが、東日本大震災で、また多くの犠牲者を出してしまった事実は重い。なぜ、命を救えなかったのか。悲しみを忘れることなく、死者の声にあらためて耳を傾けたい。
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福島第一原発の収束作業現場の今
【3.11】福島第一原発の収束作業現場は3年でどう変わったか? ベテラン作業員のハッピーさんに聞く

2014年03月11日 09時12分 JST

3月5日、福島県内の繁華街は冷たい雨が降っていた。待ち合わせの場所であるカラオケボックスのフロントで手持ちぶさたにしていると、1人の男性が入店。「こんばんは」と声をかけてきた。

彼は、福島第一原子力発電所で働く原発作業員のハッピーさんだ。20年近いキャリアを持つベテランで、東京電力の協力企業に勤めている。東日本大震災直後から、匿名でTwitterを開始。事故の収束作業は実際にはどうなっているのか。汚染水漏れの深刻な実態は……。現場で働く人間しか知り得ない情報を含めて、膨大な量のツイートをしてきた。現在のフォロワー数は実に8万8000人を数える。

2013年10月には、過去のツイートをまとめて『福島第一原発収束作業日記: 3.11からの700日』(河出書房新社)という単行本を出版。大きな反響とともに増刷を重ねている。本の帯で、ジャーナリストの津田大介さんは「どんな報道関係者にも真似できないルポルタージュであり、新世代の労働者文学でもある」と賞賛した。

今回、ハッピーさんに取材を申し込んだところ「身元がばれないように」というリクエストがあった。実名で情報発信すれば、現場にはいられなくなる恐れがあるため、今も匿名を貫き通しているのだという。東日本大震災から3年目を迎えるに当たって、原発作業員は何を感じているのか。福島第一原発をとりまく状況は事故直後から変わったのか? 変わってないのか? 忌憚のない意見を聞いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

■福島第一原発の収束作業「現場の意欲は落ちている」

――3.11から、まもなく3年を迎えますが、改めて考えて、この3年間で1Fを取り巻く状況は変わったように感じますか?

よく聞かれるんですけど、難しいですね。変わった部分もあれば、変わっていない部分もあります。たとえば1Fの中でいうと、確かに現場はかわりました。環境が良くなったところもあるし。一方で全然変わらない場所もあるんです。原子炉の建屋の中は、調査すらまだ進んでない所が多数ある。

だから、作業員の環境改善のために敷地内の除染とか「外堀」の部分は進んでいますが、建屋の中はいまだに進んでいないと。それから汚染水にしたって、やってはいるんですが、放射性物質を除去するALPS(アルプス=多核種除去設備)が動かないのが原因で、去年の4月ぐらいから地下貯水槽から汚染水が漏れて、それを貯蔵するためにタンクをどんどん増設していくようになっています。原子炉の一応の冷却のループはできたんですけど、結局それからは全然進んでいないんですね。

――ALPSがうまく稼働してないということですか?

稼働はしてますけど、汚染水の放射性物質で取り除けるはずの62種類全部は取れていません。だから今、ホット試験という言い方をしているんですよ。そのホット試験も、なかなかうまくいっていない。本当はホット試験というのも当初の予定は約3カ月で済むぐらいの話だったのが、もう1年以上も続いている。だから現時点でも、いつ本格稼働するかわからない状況なんですよね。

――つまり辛うじて冷却し続けてはいるけど、そのために汚染水が増え続けてしまって対策が必要になる。いたちごっこみたいな状態ですね
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「日本を取り戻す」という物語    池田信夫 
2014年03月08日 12:26

きのうのアゴラ読書塾では、久しぶりに與那覇潤さんと『戦後史の正体』をネタにして対談した(前半は来週の「言論アリーナ」で放送)。そのときも一致したことだが、この本のようなわかりやすい物語を日本人は求めている。アメリカに支配された戦後の70年は偽の日本で、今こそ「日本を取り戻す」という気分が安倍政権にもある。

こういう「右派」が最近、元気になったのはいいことだと思う。朝日新聞のようなステレオタイプの「加害妄想」史観を卒業し、事実にもとづいて歴史を見直す必要があるからだ。ところがそれを批判する人々は、すぐ「東京裁判はけしからん」とか「南京大虐殺はなかった」という別のステレオタイプになってしまう。イギリス人まで、そういう罠にはまるのには驚いた。

つまり戦後、GHQに教え込まれた物語の賞味期限は切れたが、それに代わる物語が「大日本帝国」しかないのだ。安倍首相の「日本を取り戻す」というスローガンで取り戻す対象も、靖国神社に代表される天皇制国家だ。自民党の憲法草案に見られるのも、明治憲法や旧民法の家制度への回帰である。

こういう物語の賞味期限も、はるか昔に切れている。田母神氏が東京都の500万人の有権者のうち60万人集めたのは大健闘だが、これが限界だろう。それは既成事実になった「親米・護憲」という物語に代わることはできないのだ。孫崎氏のような幼稚な陰謀史観が20万部以上も売れたのは驚異だが、そういう特殊な物語を信じる人は国民の数%だろう。

これが日本の保守の限界である。アメリカには小さな政府という伝統があり、イギリスにはジェントルマン(地主階級)の伝統があるが、日本の保守には取り戻すべき伝統がないのだ。もちろん政治の問題をすべて解決する伝統なんかあるはずないが、そういうわかりやすい物語がないと現状を打破するエネルギーにならない。

歴史上ほとんどの革命は「失われたものを取り戻す」という物語で行なわれた。フランス革命は「人間は生まれながらに自由で平等だが、至る所で鎖につながれている」というルソーの自然状態を取り戻すと称して行なわれ、明治維新も天皇家に大政を奉還して「王政復古」するという形式で行なわれた。そのときはまだ天皇という物語には権力を動かす重みがあったが、今や「象徴」でしかない。

これが日本の政治が混迷する原因だと思う。自民党にはGHQの与えた民主主義という便利な物語があり、アメリカは「父親」として日本を防衛してくれた。日本人はそれにただ乗りしながら、孫崎氏のように「対米従属はけしからん」とぼやいていればよかったのだが、冷戦が終わってそういう気楽な状況はもう長く続かない。

しかし自民党には自前の物語がなく、それに代わる物語を打ち出せる野党もない。きのう與那覇さんの話でおもしろかったのは、安倍政権はデフレ脱却や貿易立国や公共事業で「高度成長を取り戻す」という物語をつむいでいるのではないか、という指摘だ。それはまさに80年代に終わった物語である。何を取り戻すのかわからないまま右にハンドルを切っても、今よりいい方向に行くはずがない。
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正社員ゼロ法案がまかりとおりそう
「派遣法改正」で本当に正社員の仕事はなくなる?

一部引用・・

「正社員ゼロ法案」とは本当か?

 今回の改正法には、労働者派遣法の根幹を変える、『正社員ゼロ法案』という極端なレッテルが貼られている。しかし、規制で保護されなければ、正社員の大部分が、本当に派遣社員に代替されるのだろうか。

 これは、減反という名のカルテルで米価を吊り上げる一方で、「関税を撤廃すれば日本農業が壊滅」という農業保護の論理と共通している。年功賃金という、労働生産性とかい離した賃金体系で、市場賃金で働く派遣社員と比べた競争力が低下するため、政府に保護を求めなければならなくなるのだ。もっとも、農業保護との違いは、保護政策の犠牲となるのが、同じ日本の労働者という点である。 

結語部分引用・・

正社員と派遣社員の間で
同一労働・同一賃金の適用を

 派遣をふくむ有期雇用に対する規制強化で、すべて無期雇用を目指すという「建て前」は、無期雇用を景気変動から守るための調整弁としての有期雇用の「実態」を無視している。また、労働需給からかけ離れた年功賃金を守るための有期雇用規制という、正社員保護主義の実態を覆い隠している。

 元々、弱い立場の派遣社員を守るためには、「自由貿易」の原則に戻る必要がある。それは、正社員という「身分」を保護するのではなく、多様な働き方の社員を平等に扱う、中立的な労働法とすることである。これは、職種別労働市場の欧米では当然の前提である。企業毎に分断された日本の労働市場を改革し、大企業の内と外の労働者の間に存在する大きな壁を、まず取り除かなければならない。

 長期雇用保障と企業利益の配分を受けるパートナー型の正社員と、企業の生え抜き経営者との間には、欧米のような資本家と労働者の社会階層間対立は少ない。その代わり、年功賃金の正社員と市場賃金の非正社員との間に、「労働者対労働者」の対立が生じている。

 元々、長期雇用保障や年功賃金は、法律で定められたものではなく、過去の高い経済成長期に、自然に普及した雇用慣行に過ぎない。それが経済成長の減速や、労働者の高年齢化という大きな環境変化にもかかわらず、判例法で定着してしまった。それを実定法で修正しなかった行政の不作為が、正社員比率の持続的な低下を生む要因となっている。

 今後の少子高齢化、低成長期に見合った雇用ルールは、欧米型の企業内外の労働市場を通じた均衡処遇を原則とするしかない。ここでの均衡処遇は、勤続年数が長いほど、ほぼ一律に賃金が上昇する正社員の年功賃金を維持したままでは可能ではない。正社員と派遣社員とが、同じ仕事であれば同じ賃金の原則が維持されれば、派遣社員は、派遣会社の手数料分だけコスト高になる。派遣の常用代替は、画一的な規制ではなく、企業のインセンティブを通じて自然に抑制される。

 勤続年数にかかわらず、個人の生産性に応じて処遇を決める人事評価は、正社員の間でも不可欠である。それには企業外部の職種別労働市場で働く派遣社員がひとつの基準となる。定型的な業務を担う派遣社員と比べた正社員の賃金差が、企業への貢献度に見合ったものかどうかが問われる必要がある。

 現行の「派遣問題」の多くは、実は「正社員問題」の裏返しである。派遣社員をうまく活用する企業は、正社員の働き方の効率性を高める人事管理改革にも結び付けられる。今回の改正案は、派遣会社の規制緩和が主である。肝心の派遣社員の保護を強化するには、その対象職種の拡大や期間制限の撤廃等、さらなる派遣法の改革が求められる。
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福島原発現場 作業員のルポ漫画「いちえふ」
【3.11】「被災地で働きたかった」福島第一原発で働く作業員 ルポ漫画「いちえふ」が伝える真実

一部引用・・――漫画には「紆余曲折あって、1Fで働けるようになったのは、2012年の初夏」とあります。仕事を探しはじめてから働くまでに、どんなことがありましたか?

仕事を見つけて福島県に行くまで1年以上かかりましたね。震災のあった2011年の夏頃から本格的に探し始めて、最初に福島に入ったのが翌年の5月でしたから、震災から1年以上経ってようやくです。その間はバイトしながら、作業の役に立つかもしれないと、溶接や重機などの資格を取ったりしていました。

漫画にも描きましたが、一度仕事が決まって「じゃあ、何日から来て」っていわれて、前日に電話したら「この電話は現在使われておりません」ということもありました。そのときはもう、仕事を辞めてバイトをしていたので、そこも辞めて。バイト先の親方に「では、行ってきます」と報告していたので、そのバイトにも戻れなかったです(笑)。今思うと、働きたい意欲はあるのに働けなくて……その頃が一番辛かったかもしれないですね。


――最初の会社は、どんな会社でしたか?

最初に入ったのは、6次下請けの会社でした。ようやく仕事が見つかって、福島県の郡山市に行ったものの、実際は「まだ仕事がない」といわれて。何もしていないのに、寮費や弁当代で毎日1700円天引きされる日が続きました。1ヵ月以上お金だけ取られるという……。精神的に余裕もなくなって、地元に帰った人たちもいましたね。

あのときは「ふざけるな」と思いましたけど、日雇いもある建設業界では普通のことだったのかもしれないです。建設業の場合、寝泊りするところがあって、寮費や弁当代が毎月の給料から天引きされるケースは、よくあることなのかなと思います。

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原発事故から3年、見捨てられる福島の農家 東洋経済
地元農家を苦しめる賠償制度の理不尽

岡田 広行 :東洋経済 記者 2014年03月11日

一部引用・・

いったい原発事故後の福島で何が起きているのか?(写真は、水田を潰して設けられた、除染で発生した土砂の仮置き場。伊達市小国地区)
コメの賠償は打ち切り。酪農や野菜農家は泣き寝入り。原発事故3年後の福島で何が起きているか――。福島県の農家が、原子力発電所事故から3年が経つ現在も、苦しみにあえいでいる。 


酪農を営む清野重二さん
阿武隈山地の北端に位置する伊達市霊山町小国地区で酪農を営む清野重二さん(30)も、その一人だ。 

福島第一原発3号機の水素爆発で舞い上がった放射性物質が、風雪に交じって小国地区に降り注いだのは2011年3月15日から翌日にかけてのことだった。県内の原乳(乳牛から搾乳したばかりの牛乳)から放射性ヨウ素が検出されたのをきっかけに、3月21日から3週間にわたって清野さんの牧場も原乳の廃棄処分を強いられた。その間、餌の確保もままならず、45頭いた牛のうち4頭を死なせてしまった。 

小国地区全域の汚染状況が判明するまでに、原発事故から2カ月以上もかかった。6月に入り、伊達市は電気事業連合会に委託して、住宅の放射線量の測定を実施。国が定めた毎時3・2マイクロシーベルト以上の数値が計測された住宅または近隣に小学生以下の子どもが住む世帯に限って、政府による手厚い支援が得られる「特定避難勧奨地点」に指定された。住民一人につき月10万円が精神的被害に対する賠償金として支払われ、医療費や国民健康保険料、税金も免除されたのである。 

一方、空間線量が国が定めた基準を下回ったことを理由に清野さん宅は勧奨地点に指定されず、放射線量が比較的低いほかの地区の住民と同じく、1人当たり総額12万円が支払われただけだった。 

酪農に対する賠償も十分とはいえなかった。死んだ牛や廃棄した牛乳についての賠償金は支払われたものの、汚染された稲わらや堆肥の大部分は対象外。「堆肥の多くは、稲作農家との間で稲わらと交換していたため、領収書がなかったから」(清野さん)だという。

搬出先のない堆肥 

原発事故の影響は今も深刻だ。稲作や野菜作りをやめる農家が増えたために、堆肥の引き取り量が激減。山の中腹にある堆肥舎では、行き場のない堆肥がたまってゆく。 

続きはこちら

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ジャーナリズムを支える金に色はついているか? 平 和博
一部引用・・

米国のジャーナリズムは、様々な富豪の資金力によって支えられている面がある。ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズ、さらには調査報道のベンチャーまで。

では、その金に色はついていないか?

そんな疑問を突きつけるニュースがネットで話題を呼んでいる。キーワードは「ウクライナ」「イーベイ」「スノーデン」だ。

●ドリームチームの誕生

オークションサイト「イーベイ」の会長、ピエール・オミディア氏が、ウクライナ政変に絡み、前政権への反対運動グループに、米政府とともに多額の資金提供をしていた――ニュースサイト「パンドデイリー」は2月28日にそんなスクープ記事を掲載した。

続きはこちら

☆新聞の記事やテレビの番組も売れてナンボの“商品”という一面があることをつい忘れがちになる。

そして売れればオーナーにとって大きな利益を生み出すいいビジネスでもある。

また時の社会を動かす旦那衆にとっては、世の中の空気を作るには有効な道具であることも忘れがちになる。(情報操作やマインドコントロールや洗脳と言う言葉なんぞ使うまでもなく。)

このレビューは、もう一つ日本列島の住民が忘れがちな「日本には国際ニュースはアングロサクソンの視点、国益の立ち位置のものが多い」ということだ。

 一つの分析としてどうぞこの記事をお読みください。
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2014年03月12日(水)
再稼働議論教訓生きず 原発事故調トップが批判 福島民報
2014/03/11 08:58

 東京電力福島第一原発事故から3年に合わせ、政府、国会、民間の事故調査委員会のトップ3人と、当時の米原子力規制委員会(NRC)委員長のグレゴリー・ヤツコ氏による討論会が10日、都内の日本記者クラブで開かれ、事故の教訓を生かさないまま再稼働の議論が進む現状に批判が相次いだ。

 政府事故調で委員長を務めた畑村洋太郎氏は、事故当時、富岡町で渋滞が発生し避難が困難だった事例を紹介。

原発の半径30キロ圏の市町村が策定しなければならない避難計画について「計画の正当性が確認されてから再稼働の議論をすべきだ」と指摘した。

 国会事故調の委員長だった黒川清氏は、原発の安全性を保つために国際原子力機関(IAEA)が提唱する「5層の多重防護」について触れ、「(国内の原発で)やっていない所はたくさんある。5年たっても何も変わっていない」と批判した。

 ヤツコ氏は「汚染水の海洋流出や原子炉建屋の汚染は続いており、事故は終わっていない」との認識を示した。

民間の有識者で構成された民間事故調の委員長だった北沢宏一氏は「原発事故の確率を減らすだけではなく、事故の拡大防止策についてもしっかり検討すべきだ」と述べた。
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「原発ゼロ 国民の総意」 事故調トップ3人、再稼働の動き批判 東京新聞
2014年3月11日 朝刊

 東京電力福島第一原発事故から三年を迎えるのを前に十日、事故の原因や対応を検証した政府、国会、民間の各事故調査委員会の元委員長らを集めた討論会が東京都内で開かれた。

国会事故調の黒川清元委員長は「あれだけの事故が起きても日本の社会が変わる気配がない。誰も責任を取らない」と指摘した。

 民間事故調の北沢宏一元委員長は稼働中の原発がゼロであることに触れ、「国民の総意としか言いようがない」と強調。再稼働後に事故が起きれば「(日本は)世界の笑い者」と述べ、慎重に判断する必要があるとの考えを示した。

 政府事故調の畑村洋太郎元委員長は「一番、学ばないといけないのは、どんなに考えても気が付かない領域があること」と指摘。それを踏まえた上で、国民全体で原発再稼働の是非を判断すべきだと訴えた。

 討論会には米原子力規制委員会のグレゴリー・ヤツコ元委員長も参加し、「原子力は100%安全はあり得ない。社会としてメリットをどう考えるか、リスクがあっても受け入れられるかがポイント」と述べた。
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安倍首相、原発再稼働を明言 「まだゼロと言う自信はない」  共同通信
2014/03/11 12:18

 安倍晋三首相は10日の参院予算委員会で、原発政策について「原子力規制委員会が厳しい基準で安全と認めたものは、地元の理解をいただいた上で再稼働していきたい」と述べ、再稼働の方針を明言した。

同時に「原発依存度をできる限り減らすが、まだ(原発)ゼロと言う自信はない。ゼロを前提としてエネルギー政策を立てることはできない」と強調した。

 一方、原子力規制委の田中俊一委員長は、自治体による原発事故時の避難計画に住民理解が得られなければ、再稼働は難しいとの認識を示した。「住民が安心できなければ、なかなか稼働には結びつかない」と語った。

 首相はエネルギー基本計画に関し「国民生活や経済活動に支障がないよう、責任あるエネルギー政策を構築することが何よりも重要だ」と指摘した。原発を含む将来の電源構成には「与野党なく建設的な議論をしたい」として、野党に協力を呼び掛けた。

 茂木敏充経済産業相は将来、原発を新増設するかをめぐり「既存原発の安全性確認が最優先課題であり、リプレース(建て替え)や新増設は次のステップだ。現段階では想定していない」と述べるにとどめた。

 首相は、東日本大震災被災地の防潮堤に住民から「巨大過ぎる」と反対の声が出ている問題について「発生直後の気持ちから住民の意思は相当変わった。自治体と相談しながら見直しも考える必要がある」との見解を示した。

 自民党の片山さつき、民主党の直嶋正行、みんなの党の松田公太、共産党の井上哲士、社民党の福島瑞穂各氏への答弁。参院予算委は首相と関係閣僚が出席して災害復興とエネルギー政策に関する集中審議を実施した。
 (共同通信)
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小泉進次郎政務官が知事と会談 「第2原発を全基廃炉」  福島民友
(2014年3月11日 福島民友ニュース)

 小泉進次郎復興政務官は10日、県庁で佐藤雄平知事と会談、存廃が決まっていない東京電力福島第2原発1~4号機について「福島でもう一度、動かせるわけがない。

早く廃炉を決定すべきだ」との見解を重ねて示した。会談後、報道陣に「事業者の判断はもちろんだが、最後は決める人が決めれば(廃炉は)決まる」と述べ、政府と東電に廃炉を決断するよう働き掛けていく意向を明らかにした。

 小泉政務官は会談で「方向性を示さないままの状況から早く脱しないと新しい県づくりが見えない」と語り、本県復興の前進に向け全基廃炉の決断が必要との認識を示した。

 会談は冒頭を除いて非公開。佐藤知事は「国が前面に出て対応するというが、残念ながら県民には見えていない」と述べ、第2原発の全基廃炉と第1原発のトラブル防止に国の責任で取り組むよう強く要請した。
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伊吹議長が脱原発に言及 首相周辺から不快感     東京新聞
2014年3月11日 22時00分

 伊吹文明衆院議長は11日、東京都内で開かれた政府主催の東日本大震災3周年追悼式の式辞でエネルギー政策に関し「将来の脱原発を見据えて議論を尽くしたい」と述べた。

議長就任に伴い自民党会派を離脱しているが、「脱原発は無責任」(安倍晋三首相)との党の主張と一線を画した形だ。

首相周辺から不快感が出ており、波紋を広げそうだ。

 伊吹氏は東京電力福島第1原発事故を受け、長期の避難生活を余儀なくされている現状に触れた上で「電力を無尽蔵に使えるとの前提に立ったライフスタイルを見直し、反省し、省エネルギーの暮らしにかじを切らねばならない」と強調し、脱原発に言及した。
(共同)
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屋内で遊ぶしかない福島の子供達   The Guardian
 theguardian.com, Monday 10 March 2014 12.15 GMT

Fukushima

The Fukushima children who have to play indoors – in pictures

11 March marks the third anniversary of the earthquake and tsunami that devastated Japan’s Fukushima Daiichi nuclear power plant.

The nearby city of Koriyama recommended, shortly after the disaster, that children up to the age of two should not spend more than 15 minutes outside each day.

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原発事故と再稼働/とても認められる状況でない    神戸新聞社説
2014/03/11

 生活の基盤をなくした人が13万人強。原発事故から3年になる福島の現実に、人の制御を寄せ付けない放射能災害の深刻さを思う。

 原発に依存しない社会を願うのは自然な姿と思われるが、安倍政権は逆の方向へ踏み出した。

 原発から出るごみの問題に見通しがない。事故で露呈した課題にも手がついていない。原発依存へかじを戻すことは将来に禍根を残す。

       ◇

 鹿山真里さんの家族が福島県南相馬市から西宮へ移り住んで3年になる。東京電力福島第1原発から22キロの地点に両親と新居を残してきた。市の防災無線が20キロ圏内の住民に避難を呼びかけるのを聞いて、事故の翌日に行動を起こした。

 6カ月の長男に放射能の害が及ぶのを恐れた。生活の全てを置いてきたことに後ろめたさを感じる。

 事故は生活の基盤を奪い、一つ屋根の下の家族を分断した。孤立や崩壊など深刻な問題を引き起こしていることに目を向けねばならない。

 鹿山さんは避難途中の行動に不安を感じている。原発から早く離れるため、西に向かい、飯舘村から郡山市へ出た。国が後に明らかにした放射能拡散シミュレーションと避難路が重なり、全村避難対象となった飯舘村で被ばくしたと疑っている。

露呈した二つの課題

 住民を安全に避難させられなかったことは事故の大きな教訓だ。守る体制がなく、放射能の拡散予測を役立てる考えもなかった。

 原子力規制委員会は原発防災の重点区域を半径8~10キロから30キロに拡大し、拡散予測データも示した。

 それに沿って自治体は防災計画の策定作業を進めるが、21道府県の135市町村のうち、昨年末時点で終えたのは53市町村にすぎない。

 実現可能な防災計画となるとハードルは高い。原発の立地が海岸部の辺ぴな場所に偏り、避難ルートが限られる自治体が多い。

 13基が集中する福井県も計画をまとめ切れていない。高浜、大飯、美浜、敦賀の4原発の30キロ圏となる小浜市は、マイカーやバスなどを使った移動を想定する。だが、渋滞で短時間の避難は難しいとみている。

 避難に8時間~2日半かかると試算された原発もある。

 規制委は、住民の安全を確保できるかどうかは判断しない。避難訓練を行い、計画が有効かどうかを客観的に判断する仕組みが必要だ。

 米国は地域防災計画の策定を再稼働の前提にし、実現可能な計画でなければ再稼働を認めない。日本も当然、そうすべきである。

 再稼働に絡み、見過ごしにできない問題がもう一つある。

 規制委が地震の揺れ(基準地震動)の評価をやり直すよう電力会社に求めるケースが相次いだことだ。電力会社の想定が甘いのだろう。

 福島の事故は津波が原因とされるが、地震の揺れで重大な事故につながったとの指摘は根強い。

 2007年の中越沖地震を思い出したい。東電は強い揺れで運転中止になった柏崎刈羽原発の揺れの設定値を最大約5倍に引き上げた。

 他の原発は旧来の数値を見直さなかった。引き上げれば施設の強化が求められ、出費を抑えたい電力会社は数値を低くしておきたい。

 福島では原因の肝心な点が不明なため、電力会社は基準地震動の見直しを免れてきた。だが、この点をあいまいにしたままの安全審査では規制委が信用をなくすことになる。

国会は役割を果たせ

 原因究明が進まないのは、国権の最高機関である国会が役割を果たしてこなかったからだ。

 国会事故調査委員会は事故報告書で七つの提言をし、規制当局の監視や原因究明などで国会が役割を果たすよう求めた。国会は形ばかりの特別委員会を設置しただけである。

 規制委の監視は重要だ。欧米ではあらゆる権力からの独立に細心の注意をはらう。役割を担える体制か。事業者に不都合となる指摘を差し控えていないか。規制委を不当な介入から守らねばならない。

 電気事業者の監視も不可欠だ。報告書は、東電が経済産業省との密接な関係を基に電気事業連合会を介して規制当局の意思決定過程に干渉してきたと指摘する。再稼働への介入を再び許してはならない。

 事故調が設置を求めた独立調査委員会の役割には、廃炉への対応や使用済み燃料などの問題もある。それらにも手がついていない。

 中部電力浜岡1、2号機や福島第1の1~4号機の廃炉が本格化すれば核のごみは増える。使用済み燃料から出るごみを埋める最終処分場のあてもない。それでも原発を動かし続けるというのは尋常でない。

 あれほどの事故を起こして変わらない国と思われたくない。政府の原発依存策に一人一人が向き合い、声を大きく上げることが重要だ。
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昭和49年の今日、小野田少尉が帰還、昭和20年の今日アンネ・フランクが殺害された
▲1945年3月12日、「アンネの日記」のユダヤ人少女アンネ・フランク(Frank,Anne)がベルゲン・ベルゼン収容所で殺される。15歳だった。

▲1974年3月12日、 終戦を信じずフィリピンのルバング島に隠れ住んでいた元日本兵の小野田元少尉が帰国した。
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経済格差が民主主義の最大の阻害要因
Googleの会長Schmidt曰く, 経済格差が民主主義の最大の阻害要因になる

oogleの会長Eric Schmidtは今日(米国時間3/7)、テキサス州オースチンのSXSWに集まったオーディエンスを前に、サンフランシスコにおける経済格差の拡大と、それによって起きている抗議活動が"非常に心配だ"、と述べた。"

サンフランシスコの平均的市民は、自動化やグローバル化やテクノロジから恩恵をこうむっている"が、経済格差は"民主主義の第一番の問題"になるだろう、と彼は予言した。

Schmidtは、彼の本The New Digital AgeのPRを、共著者のJared Cohenと共にしている中で語った。それは、プライバシー、政府、テクノロジの社会的影響など、話題がきわめて多岐に亙る長いインタビューの中の、ひとこまだった。

Googleはこのところ、拡大する経済格差がもたらす社会不安の渦中にいる。サンフランシスコの活動家たちは、同社専用の通勤バスを、格差の象徴として攻撃している。

私が話を聞いた何人かのエコノミストは、サンフランシスコはテクノロジ企業が多いため、中間層が不況の猛威から守られている、と言うが、地代や家賃の高騰によって長年住み慣れたこの都市(まち)を追われてしまう者も少なくない。

テクノロジは一部の人にとって恩恵だが、しかし格差は拡大している。

労働経済の専門家の典型的な意見の一つとして、MITのDaron Acemoğlu教授は次のように言っている:

"今合衆国の労働市場、そしてヨーロッパなどほかの国々も、経済格差の激化を経験している。原因は一つではないが、爆発的な格差拡大をもたらしている最大の動因が技術の変化だ"。

Schmidtが提案する対策は三つある:

まず、スタートアップを支援することだ。"今のこの問題の究極の原因は失業の深刻化だ。

仕事を作り出すためには(既存企業は人が足りているので)、成長性の高いスタートアップを作るしかない"。

第二は、"教育と情報とネット接続の拡充"だ。彼もオバマ大統領と同じく、テクノロジ業界の慢性的な人不足を解決するためには教育、とくに理工系の教育の拡大が必要、と主張する。

"創造性と人間的な配慮や思いやり"と無関係な仕事は、繰り替えし的な仕事を自動化できるロボットが奪ってしまう。リポーターなど、一部の知識労働者にもその危機は迫っている。そうSchmidtは予言する。

第三は、高度な技術系の仕事はつねに数に限りがあるから、政府による失業者福祉の充実が必要。

Schmidt、仕事のない人でも"最低限、住居と医療だけは得られる"ための"セーフティネット"が社会に必要だ、と主張する。

いずれにしても今は、激しい変化が進行している。それに対する"長期的なソリューションは、テクノロジの進歩は誰にも止められないことをみんなが理解することだ"、とSchmidtは言う。


テクノロジによって生じている問題の対策が、テクノロジの抑制や規制であってはならない、と言うのだ。そう、抑制の風土にスタートアップは育たないからね。

引用元

原文
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「今後10年で創出される仕事」は低賃金ばかり(グラフ)
The Huffington Post | 執筆者: Maxwell Strachan
投稿日: 2014年03月10日 13時26分

「景気回復」と言われてはいるものの、悲しい現実がある。不況で中間層の職が大きく奪われ、低賃金の職がそれに取って代わっているという現実だ。そればかりか、その状況が改善される動きは当分ない。

アメリカ労働省労働統計局は、今後10年間に米国内で急激に増加する求人の多くは、賃金の低い職種になると予測している。シンクタンク「New America Foundation」は先ごろ、そういった予測をグラフに表した。

「2012年の年間賃金(中央値)と、2012年から2022年までの雇用成長予想」


見てお分かりの通り、2022年までに雇用が伸びる業種として挙げられているのは、飲食業や販売業(一般店員)、介護などだ。そして問題なのは、こうした業界で提供される年収が低いという点だ。

こういった業界で働くの半数は、2012年の年収が2万ドルに満たない。しかも、働いている人は未成年ばかりではないという調査結果もある。

低賃金労働者に対しては、フードスタンプや、低所得者向け補助金というかたちで、毎年何十億ドルにも達する税金がつぎ込まれている。

世界的企業であるウォルマートやマクドナルドが社員の賃金を上げたり、連邦議会が最低賃金を引き上げたりしない限り、状況の改善は当分見込めない。

社会の「低賃金経済」化は、ますます進展している。「景気回復によって生まれた仕事」の3分の2以上は、こういった賃金の低い業種が創出しているのだ。

[Maxwell Strachan(English) 日本語版:遠藤康子/ガリレオ]

引用元
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原発作業員を支える元東電社員の話
原発のない広野町が、収束の最前線になった ~ 原発作業員を支える元東電社員に聞く

2014年03月11日 21時51分 JST

東日本大震災から3年。1日も休むことなく収束作業が続けられている福島第一原子力発電所。事故が発生する前の「日常」を取り戻すために、現場で働く原発作業員は、1日約3000~3700人に上る。

現在も厳しい環境下で廃炉作業を続ける彼らの心身を支えるために、勤めていた東京電力を辞めたのが吉川彰浩さん(33)だ。福島第一原発、福島第二原発であわせて14年間、働いてきたが、2012年6月に退職。原発作業員を支える活動を始め、2013年11月1日には「アプリシエイト・フクシマ・ワーカーズ(AFW)」を立ち上げ、活動を本格化した。

吉川さんが今、懸念するのは、厳しい環境で熟練者が辞めていき、残った者も心身の疲労が積み重なっていること。「これまでは考えられなかった小さなミスが発生、大きな事故につながらないとは限らない」。さらに、原発作業員が抱えている問題が、労働環境を改善するだけでは解決できないとも指摘する。

今、原発事故収束の現場では、一体何が起こっているのか。原発事故収束の前線基地「Jヴィレッジ」のある広野町(福島県双葉郡)へ、吉川さんを訪ねた。

■原発のない町が、事故収束の最前線になった

原発事故発生直後から、放射性物質による影響を恐れ、福島第一原発から半径20km圏内は立ち入りが厳しく禁止された。東京電力や自衛隊は、福島第一原発からちょうど20km南に位置する「Jヴィレッジ」を前線基地に指定。同時に、広野町と楢葉町にまたがるJヴィレッジを経由しなければ福島第一原発に入れないように、道路を封鎖した。

hamadori福島県の浜通り地区と福島第一原発の位置関係図

福島第一原発では大量の人材が必要とされていた。全国各地から、東電社員や協力会社の社員たちが、原発作業員として集められた。彼らは通勤に便利なJヴィレッジの南に位置する広野町に、生活の場を求めてやってきた。

しかし、広野町には原発作業員が暮らせる場所が圧倒的に不足していた。原発作業員の宿舎を確保するため、広野町の旅館や民宿は営業を再開。すぐにすべての宿泊施設が協力会社によって借り上げられた。ブティックホテルも同様で「満室」の看板が提げられた。

それでも全く、足りない。広野町のさらに南にある、いわき市のホテルや旅館も連日埋まった。いわき市から福島第一原発に通じる国道6号線は、毎日朝早くから原発作業員の車で渋滞。通勤まで片道2時間かかる人もザラにいる状態になった。

さらに、原発の過酷な労働環境が原発作業員に襲いかかる。原発内では暑くてもクーラーがつけられない。放射性物質による汚染を広げないためだ。紙のようなペラペラの防護服は、通気性が良くないため夏は汗の元になり、冬は寒さをしのぐ助けにはならない。

作業で疲れきっているのに、帰りの道も、また渋滞。ゆっくり休む時間が必要だ。民家やアパートは借りれないのか――。

ところが、賃貸の部屋を供給できない事情も、広野町にはあった。

広野町は、事故後すぐの2011年4月22日に屋内退避命令が解除され、日常生活ができるとされる「緊急時避難準備区域」に指定された。しかし、除染が行われない状態で安心して住民が住めないという声は大きかった。当時の山田基星町長は、2011年3月13日に出した町民避難指示を解除せず、国が緊急時避難準備区域の指定を解除した2011年9月30日以降も、住民は別の町での生活を余儀なくされた。

体育館などでの一次避難、旅館やホテルでの二次避難、そして、仮設住宅・借り上げ住宅での三次避難。刻々と変わる暮らしや、将来の見通しが立てられないことに町民も苛立ちを募らせる。避難先の住民との軋轢も生まれた。

町の避難指示が、いつ解除されるかわからない。そうなったときに、戻る自宅がないと困る。見ず知らずの原発作業員に、家を貸すのも怖い。そして、原発に対する怒りもあったという。

『原発のせいで私は自宅に戻れないのに、なんで原発作業員に自宅を貸せようか』

東電を辞めた直後、吉川さんは、原発作業員のために広野町にアパートが建てられないかと各地に出向いた。しかし、反応は芳しくない。原発に対する住民の反発が、原発作業員にも向いてしまったようだった。吉川さんは当時の様子を振り返り、こう分析する。

「広野町には原発がありません。福島県の同じ浜通り地区であっても、原発が立地している双葉町や大熊町、富岡町、楢葉町とは、住民のみなさんの原発に対する認識や思いが、全く違うのです。

hamadori power plants浜通りの各市町村には発電所がある
双葉町や大熊町には、原発があり、震災前にも全国から原発作業員がやってきていましたから、住民のみなさんもある程度理解があると思います。町の祭りを、住民と原発で働く人が共に楽しんでいた状況もありました。

しかし、原発がない町では、住民のみなさんに理解を求めるのは時間がかかる。何もしないで、すぐに理解されるというわけではないんです」

広野町は火力発電所がある。同じ発電所といえども、原発と火力発電所とでは、関わる人や会社の数には大きく違いが見られる。どちらも原発のほうが、圧倒的に多いのだ。

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現場力が極度に落ちている日本の生産現場 事故はまだまだ多発する
工場異変~日本の製造業は大丈夫か~   安全・品質・モラルが問われる

一部引用・・

近年、日本の工場では、緊張感が欠けていたとしか考えられない、いくつもの事態が多発している。

深刻な事故が頻発

化学メーカーではこの数年に深刻な事故が頻発した。今年1月には三菱マテリアルの四日市工場(三重県)で爆発事故が発生。死者5人、負傷者含め、18人が犠牲となった。

原因は究明中だが、問題の熱交換器は8年間も洗浄されていなかったとされ、まさに“基本動作”が欠けていたというしかない。

ほかにも、2012年には、4月に三井化学の岩国大竹工場(山口県)、

同9月に日本触媒の姫路製造所(兵庫県)で、

11年11月には東ソーの南陽事業所(山口県)でも爆発事故が起こっている。いずれも死傷者発生を伴う事故だった。

鉄鋼業界も同様の事故が続いた。新日鉄住金の名古屋製鉄所では今年1月、発電所のショートをきっかけに操業停止に追い込まれた。コークス炉内に溜まったガスを処理するために、燃焼させたことで大量の煙が発生したのである。

当日は地元の消防署が出動、報道各社のヘリコプターが飛び交った。操業停止や復旧作業などによって、業績への影響は最大で100億円に達するという。

JFEホールディングス傘下のJFEスチールでは、13年11月に連続鋳造機が数週間にわたって操業を停止。日新製鋼ホールディングス傘下の日新製鋼でも6月には冷間圧延機で火災、

11月には高炉で送風口の一部が損傷するなど、操業トラブルに見舞われた。

鉄鋼業界出身で、製造業向けのコンサルタントの一人は、「人材不足と急激な増産が事故増加の背景にある。生産工程の自動化が進んでも、機材の調整などはまだ人手によるところが多い」と指摘する

長きにわたる従業員の採用抑制で、増産体制を構築できず、メンテナンスのために十分な時間がとれないことなどが、トラブルの遠因のようだ。

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原発事故はいつかどこかで起きる

 今日朝、私の国会事務所で来日したヤツコ元NRC委員長と会談した。ヤツコ氏とは昨年カルフォルニアで開かれたサンオノフレ原発の再稼働反対のシンポジウムに共に出席して以来、ニューヨーク、ボストン、日本の伊方原発反対の八幡浜市の集会などで一緒し、親しくなった。

  ヤツコ氏はもちろん原子力の専門家だが、

原発については「原発事故はいつどこで起きるかわからないが、いつかどこかで起きる。事故が起きるかどうかではなく、起きた時にどれだけの人々にどんな被害をもたらすかを考え、大勢の人が避難しなければならないようなところには原発を建設すべきでない」

と述べている。

  私もまったく同感だ。この考えに立てば日本には原発を設置できるところはない。世界でもほとんどない。

管直人のブログから。
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リュウグウノツカイを捕獲 長崎新聞
写真ニュース (2014年3月9日更新)

生月で水揚げされた、大人の男性よりも大きなリュウグウノツカイ=平戸市、舘浦漁協

 深海に生息し"幻の巨大魚"ともいわれるリュウグウノツカイが8日、平戸市生月町沿岸で捕獲された。佐世保市鹿子前町の九十九島水族館(海きらら)によると、体長約5・2メートル、体重約83キロで、これまでに同館が確認した中では最大の個体だった。

 リュウグウノツカイは日本海や太平洋などの深海(水深200~千メートル)に分布し、銀白色の体と、赤紫色を帯びた背びれが特徴。陸地から遠く離れた沖合に生息しているとみられることから、生態はほとんど解明されていない。

 捕獲した個体は、舘浦漁協が生月島東南部の沿岸に設置している定置網(水深約40メートル)の中に入って泳いでいるのを漁協職員が発見。水揚げ後に死んだことから、海きららが譲り受け、持ち帰って解剖した。その結果、この個体はメスとみられ、胃の内容物からエビのような形をしたプランクトンを餌にしていることが分かったという。

 海きららの担当者は「冬場は深層と表層の水温があまり変わらないため、浅い海に迷い込んだ可能性もある。今後、より詳しい生態を解明したい」と話している
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2014年03月11日(火)

2011年3月12日のエントリー2篇から
(2011年3月11日はエントリー掲載は出来ませんでした。)

1)福島第一原子力発電所の現状について

テレビの画面に映る東北地方太平洋地震の被害状況を見ていると胸が痛くなる。

 報道の中でも気になる原子炉のメルトダウンの危険性について、テレビではポイントがずれたやりとしかなく事実がつかめない。

現在のところこのエントリーが一番わかりやすい解説かと思う。

一部引用・・

昨夜から出ている原発についての情報が錯綜しており、メディアの報道もミスリーディングなので、簡単に問題を整理しておく。

朝日新聞によると、福島第一原発の原子炉は地震で緊急停止したが、緊急炉心冷却システム(ECCS)が動かなくなった。別の装置で炉心に水を入れて冷やしていたが、午後8時半にはそれも止まったという。

ECCSは炉心の温度が上がりすぎたとき、自動的に高い水圧で炉心に冷却水を注入する装置で、これが作動しなくなったというのは重大な事故である。

東電の発表によれば、炉心に注水する隔離時冷却装置は動いていたがこれも停止。停電に加えて非常用発電機もすべて停止し、冷却できない状態になっているという。その結果、格納容器の中の蒸気が過熱して圧力が高まったため、蒸気を放出した。メディアはそればかり報じているが、蒸気の放出は大した問題ではない。・・

全文はこちら

☆追加掲載

2011/03/12 13:18 【共同通信】

福島原発、放射性物質漏れ 燃料破損か、蒸気放出へ

 経済産業省原子力安全・保安院は12日、東日本大震災の影響で自動停止した東京電力福島第1原発で、正門近くの放射線量の数値が通常の70倍以上、1号機の中央制御室で通常の約千倍に上昇したと発表した。外部への放射性物質の漏えいが確認されたのは初。

 原子炉格納容器内の気圧が高まり、容器が耐えられずに破損するのを防ぐため、保安院は第1原発の1、2号機について、格納容器内の蒸気を外部に放出するよう東電に命令した。原子力災害対策特別措置法に基づく措置命令。

 同日朝、住民避難の範囲は第1原発の半径3キロから同10キロに拡大され、第2原発でも半径3キロ以内に避難、3~10キロの範囲に屋内退避の指示が出された。

 東電は1号機での放出作業を始めたが、作業は難航。午前11時20分には水位が低下して燃料が最大約90センチ、水面上に露出し、燃料の一部が過熱によって破損した可能性があるという。燃料の破損は、環境への放射性物質の放出を増やす恐れがあり、東電は慎重に状況を調べている。

 一方、菅直人首相は同日午前7時45分、冷却機能を喪失した福島第2原発を法に基づき、緊急事態宣言に追加した。東電は、第2原発の4基すべてで蒸気を外部に放出することを決め、1、2号機で作業を進めた。

 弁を開けて蒸気を放出すると、放射性物質が環境に漏れる恐れがあるが、大きな破損によって閉じ込め機能を失うことを防ぐ緊急避難的な措置。

 同日未明に記者会見した海江田万里経産相は、放射性物質の放出について「事前の評価では(放出されても)微量とみられる」と強調。保安院は、避難地域の拡大や海に向かって吹いている風向きなどから、住民の安全は保たれるとしている。

 東電によると、第1原発1号機の格納容器の蒸気は、水を張った大きなプールを通して放出するため、放射性物質はある程度低減する見込みだという。排気筒の出口では常時、放射性物質の量を測定し、環境への影響を見極められるとしている。

2)2011年03月12日(土)

福島県で民間人3人が放射能を被ばく 
  
日本の原子力発電の歴史で初めて、民間人に被ばく者が出た。
何とか健康被害以下の被ばくにとどまって欲しい。

NHKニュース web版

福島 双葉町で患者3人被ばく
3月12日 22時47分

福島県は、福島第一原子力発電所のおよそ3キロ北にある双葉町での病院で、患者や職員90人のうち患者3人を抽出して検査したところ、3人全員が被ばくしたと発表しました。

 福島県は、「この3人の被ばくは、放射性物質を洗い落とす除染が必要なレベルだが、3人の体調には異常はない」としています。福島県によりますと、福島第一原子力発電所から半径10キロ以内の避難指示の範囲に位置する、双葉町にある双葉厚生病院にいた寝たきりの患者や職員90人のうち、患者3人を抽出して被ばくの検査をしました。

その結果、患者3人全員が被ばくしていて、3人は放射性物質を洗い落とす「除染」が必要なレベルでしたが、福島県は「3人の体調には異常はない」としています。

 福島県によりますと、病院にいた90人は、12日午後3時半ごろ、福島第一原発の1号機で爆発が起こったときに、高校のグラウンドで自衛隊のヘリコプターによって運ばれるのを待っていたということです。
 
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震災から3年、鎮魂願い教訓継承 26万人避難生活、再生険しく 共同
2014/03/11 08:43 【共同通信】

 死者・行方不明者が1万8千人を超え、未曽有の災害となった東日本大震災は11日、発生から3年を迎えた。行方不明者は2633人に上り、大津波に襲われた沿岸部で集中捜索を実施。列島各地は鎮魂の祈りをささげ、被害や教訓の継承を誓う1日となる。

 公的な住宅再建の遅れなどで、約26万7千人が全都道府県で避難生活を送る。東京電力福島第1原発事故は汚染水問題に揺れ、収束は見えない。当初5年の「集中復興期間」は半ばを過ぎたが、再生への道はなお険しい。

 警察庁によると、10日現在の死者は1万5884人。避難を苦にした自殺など「震災関連死」を合わせた犠牲者は2万人を超える。

東日本大震災から3年 避難生活、今なお26万7千人
2014年3月11日 朝日新聞デジタル

東日本大震災から11日で3年になる。約26万7千人が今なお、避難生活を強いられている。仮設住宅には約10万4千世帯が暮らし、岩手、宮城、福島の3県のプレハブ仮設住宅の入居率は約84%に上る。同時期の入居率が50%台だった阪神大震災と比べて、暮らしの再建の遅れが目立つ。

警察庁によると、震災による死者は1万5884人、行方不明者は2633人(10日現在)。10日も宮城県女川町の女川湾や福島県の沿岸部で海上保安部や警察が捜索した。

震災後の避難生活による体調悪化や自殺などによる「震災関連死」は3県で2973人。原発事故による避難が続く福島県では、地震や津波による直接の死者数を上回った。

住まいの復興は道半ばだ。復興庁によると、今月末までに3県で2347戸の災害公営住宅が完成する予定だが、計画戸数の9%にすぎない。自力再建者が家を建てる移転先などに造成する宅地は計画の6%、1388戸分にとどまる。

地域再生の要となる学校でも、多くの子どもらが仮設校舎や他校の「間借り」で過ごしている。また、被災自治体は人口流出や事業所の減少、まちづくり、被災者の心のケアなど、様々な課題に直面している。
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