2017年1月11日水曜日

福島原発事故が起きて4年経過した2015年12月16日から12月20日の「阿智胡地亭の非日乗」の記事  その1

2015年12月20日(日)
原発と国家 第4部 「『電力』の覇権」   ④「やらせ」の源流
民意の演出、連綿と。 逆風化で工作も

1973年9月、福島市の県農業共済会館で開かれた「原子炉の設置に係わる公聴会」

 東京電力福島第1原発の運転開始から2年がたった1973年、反公害運動の高まりを背景に原発増設への不安が広がっていた。国は初の公聴会を第2原発(福島県楢葉、富岡町)建設計画があった地元で開き、原発を推進する側は賛成の"民意演出"に手を染める。

ごまかし

 波乱の幕開けだった。会場となった福島市の県農業共済会館は早朝から500人以上のデモ隊に取り囲まれ、機動隊ともみ合った。「ごまかし公聴会粉砕」。ヤジと怒声が飛ぶ。

 外の騒ぎをよそに、地元町長や議長らが「町の発展には原発が必要」と訴えた。「広島の高校が甲子園で優勝したから放射能は大丈夫」。そんな陳述さえ飛び出した。

 公聴会は国の原子力委員会が2日間の日程で開いた。1日約200人の定員に対し、事前に申し込みがあった傍聴希望者は約1万6千人。反対派の楢葉町の住職早川篤雄は「希望者が1万人以上もいるはずがない。町や電力が下請け業者も使って申し込んだんだろう」。

 申し込みはがきの中には、宛名が印刷されていたものがあった。希望していない住民に傍聴許可の通知が届いたこともあったという。

 意見陳述の希望者は約1400人で事前選考を経て陳述した40人のうち賛成は27人。「多くの推進派の意見を多くの傍聴人の前でしゃべらすことを演出するために、仕組んだに違いない」。反対意見を述べた立命館大名誉教授の安斎育郎はそうみている。

 当時、会場にいた東電元副社長桝本晃章は「会社にとっての一大事。社員が会社を休んで自主的に行ったことはあった。当時はおおらかだった」と振り返った。

繰り返し

 原発に対する逆風下での多数派工作は、その後も繰り返される。99年に茨城県東海村で起きた核燃料加工会社JCOの臨界事故の直後。北海道電力泊原発3号機の増設の是非を問う道主催の会合を前に、北電の工作が発覚した。

 「厳秘」と指定し、原子力広報チーム名で出された社内文書。道内5カ所で開く予定の聴取会について、各会場30人程度の賛成陳述人の応募や、傍聴人の半数の動員を社員に求めていた。

 道が実施していた意見募集には5千件を目標に賛成意見を郵便や電子メールで送るよう指示。「風力や太陽光などでは電気を確保できない」「原子力の時代がくる」。会社員、パートなどの職種別に賛成意見の「ひな型」を用意する念の入れようだった

 2008年のプルサーマル計画をめぐるシンポジウムでも、社員に参加と推進意見の表明を指示する文書をメールで送っていたことが11年8月に発覚した。

蜜月

 同じ手法は福島第1原発事故の後、九州電力玄海原発2、3号機の運転再開をめぐり7月に明るみに出た「やらせメール」問題でも再現された。

 梅雨の曇り空が広がる6月21日昼。佐賀市内のそば屋で、九電の副社長段上守(だんがみ・まもる)と佐賀支店長ら3人は、面会した知事の古川康の言葉を思い返していた。

 話題は5日後に迫る原発再開についての国主催の説明番組に及んだ。「再開容認の立場からもネットを通じ意見や質問を出してほしい」。知事の言葉が3人に重く響く。段上の指示を受けた支店長が手帳の殴り書きをもとにまとめたメモは、賛成意見を番組に送るよう依頼するメールに添付され、100人近くに送られた。

 古川の父親は元九電社員。3、4号機の用地交渉を担当したほか、PR施設「玄海エネルギーパーク」にも勤務した経験を持つ。古川自身には、玄海原発所長や佐賀支店長らが、06年からの4年間で計40万円の個人献金をしていた。

 九電は10年、県が支援する医療施設の建設費150億円のうち、40億円を寄付すると公表。世論誘導の背景に電力と自治体の蜜月が見え隠れする。(山内和博、小林清美)(敬称略)

2011年。

引用元
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鹿児島で川内原発事故想定し訓練、共同通信
再稼働後初、3600人参加

2015年12月20日 08時25分

 鹿児島県と九州電力川内原発(薩摩川内市)の30キロ圏にある9市町は20日、再稼働した川内原発での重大事故を想定した防災訓練を実施した。住民や関係機関の担当者ら約3600人が参加し、避難計画の実効性を検証する。川内原発で大規模訓練が行われるのは2013年10月以来で、再稼働後は初めて。

 震度6強の地震で電源を失い、原子炉を冷却できなくなった事態を想定。参加住民約1200人のうち、原発5キロ圏はバスなどで指定された場所に避難。5~30キロ圏は風向きに応じて避難先を選び出す県のシステムを活用。放射性物質が飛散しない方角を選んで移動する。
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「汚染水」新たに400トン 第1原発、海側遮水壁完成で増加、福島民友ニュース
2015年12月19日 09時04分  

 東京電力は18日、福島第1原発の護岸沿いに鋼管を打ち込んで造った「海側遮水壁」でせき止められた汚染地下水を浄化設備に送ることができず、1日当たり約400トンの汚染水が新たに発生していると発表した。

1~4号機建屋内に流れ込む地下水と合わせると、1日当たり約600トンの汚染水が発生している。汚染水の発生量を減らすため、建屋周辺の井戸から地下水をくみ上げる「サブドレン計画」運用前の汚染水発生量だった同約300トンの2倍に相当する。

 東電によると、汚染地下水が海に流出するのを防ぐ海側壁は10月下旬に完成。護岸付近で上昇する地下水を「地下水ドレン」と呼ばれる井戸からくみ上げ、浄化設備で放射性物質を取り除いた後に港湾内に放出する計画だった。

 しかし、海側壁の完成後、護岸付近の地下水のトリチウム(三重水素)濃度が上昇し、五つある地下水ドレンのうち四つで、東電の放出基準値(1リットル当たり1500ベクレル)を超えた。トリチウムは水に性質が近いため、現在の技術では浄化できず、浄化設備ではなく建屋内に移す対応が続いている。

 東電は、サブドレンのくみ上げ量をさらに増やすとともに、「凍土遮水壁」の運用で建屋周りの地中に氷の壁を造り、地下水ドレンからのくみ上げ量を減らす方針。しかし原子力規制委員会はいまだ凍土壁の運用を認めておらず、解決の見通しは立っていない。
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良寛さんが自分に書いた戒めの言葉

良寛さんの言葉の戒めについて。

    1、ことばの多いこと。

    2、はなしの長いこと。

    3、てがらばなしをすること。

    4、自分の生まれや身分の高いことをひとにいうこと。

    5、人がものをいいきらないうちに、ものをいうこと。

    6、たやすく約束すること。

    7、人に物をやる前に、なになにをやろうということ。

    8、物をやったことを他の人にいうこと。

    9、よく知らないことを人に教えること。

    10、悲しんでいる人の前で歌をうたうこと。

    11、人がかくしていたことを、バラすこと。

    12、目下の人を軽んじること。

    13、部下にあらいことばを使うこと。

    14、心にもないことをいうこと。

 
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野坂昭如さん葬儀 五木寛之さん、瀬戸内寂聴さん弔辞の要旨、神戸新聞
2015/12/19 19:00
野坂昭如さんの葬儀・告別式で、弔辞を読む五木寛之さん=19日午前、東京都港区の青山葬儀所(代表撮影)

 小説「火垂(ほた)るの墓」などで知られ、9日に85歳で死去した直木賞作家で元参院議員の野坂昭如さんの葬儀・告別式が19日、東京都港区の青山葬儀所で営まれた。野坂さんは生後すぐから神戸市灘区の養家で育ち、少年時代に空襲を体験した。「焼け跡闇市派」を自称し、戦後の焼け野原を原風景に小説を書き、鋭い社会批評を展開した。

【五木寛之さんによる弔辞の要旨】

 野坂昭如。それは僕らにとって単なる一個人の名前ではない。1960年代という反抗の季節に世に出た世代は、あなたの名前を一つの旗印のように感じていたはずである。野坂昭如とは、そんな時代の象徴であり、合言葉であった。

 放送、コマーシャル、歌、雑文など、ジャーナリズムの底辺からボウフラのように浮上してきた私たちを、軽佻浮薄と笑う人々もいた。蛇蝎のようにさげすむ人もいた。「焼け跡闇市派」と呼ばれ、「外地引き揚げ派」とからかわれ、ときに偽善のマスクを、ときには偽悪の衣をまといつつ、格好良さと格好悪さを虚実皮膜の間に演じつつ、私たちは生きてきたのだ。

 野坂昭如とは、そんな私たちの希望のともしびであり、先駆けの旗だった。同じ時代を生きてきた仲間は次々と逝き、今またあなたを見送ることになって、言葉にならない大きな欠落感を覚えずにはいられない。

 本来、弔辞とは、和紙に薄墨の毛筆で書くと教えられた。しかしあえて400字詰め原稿用紙に万年筆で記すのは、「筆は一本、箸は二本」の厳しい世界を生きてきた仲間へのあいさつである。

 倶会一処。いずれ、いずこの地にか、まみえん。

【瀬戸内寂聴さんによる弔辞(檀ふみさん代読)の要旨】

 野坂昭如様。あなたが亡くなったと伝えられ、ぼうぜんとしています。つい先日、雑誌の往復書簡で「野坂さんと私は死ねないのかもしれませんね。覚悟して、地球の爆発するのを見てやりましょう」と書いたばかりでした。それなのに、あなたは突如一人で逝ってしまいました。まだ85歳とは。若過ぎる享年です。痛ましいです。惜しいです。悔しいです。

 脳梗塞で倒れ、右手でペンを持てなくなったあなたは、どんなに悔しかったことでしょう。幸い暘子様というご愛妻が口述筆記まで果たされ、あなたはご自分の思想や意志を麗しい文章で発表し続けられました。愛読者にとっては、なんと幸せだったことでしょう。

 厳しい筆致で日本の政治のだらしなさを叱責し、原発反対の筆をおかず、日本の前途を憂い続けました。このまま進めばやがて日本は滅びると言い続けられた野坂さんの声を忘れない国民もしっかりと残っています。

 「軍事では日本は守れない。といって平和国家をお題目のように唱えていては駄目である」というあなたの手紙の最後の文章は、切実な遺言になってしまいました。残された私たちはこの遺言を忘れず、若い人たちに伝えていくのが、せめてもの報恩になるでしょう。
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日本的ナルシシズムと吝嗇さ(ケチ)について、ハフポスト
堀有伸
精神科医(精神病理学)、NPO法人みんなのとなり組代表理事

2015年12月19日 11時09分 JST

自己愛的(ナルシシスティック)な幻想にすがることには、厳しい現実に触れることから自分のこころを守ろうとする防衛的な意味もある。

起きてしまった損失や、受けてしまったトラウマに生々しく触れないで済むことで、私たちは激しい混乱や、強過ぎる怒りや不満などが引き起こされることがないようにしている。

特に自分の責任も関与するところで、悲劇的なできごとがあった場合に、つまり自分が加害者かもしれない時に、こころの防衛が剥がされて現実に直面させられることは、とても恐ろしい事態だ。

精神病理学で「迫害的な他者」という言葉を使うことがある。自らの罪が暴かれて、一方的に迫害的な他者からの弾劾にさらされて弁明することもできない、そのような空想上の不安に圧倒されそうになる。

そしてそのような恐ろしい体験を、こころの中から閉め出してしまいたいというこころの働きは、尊重されるべきだろう。

日本人は、(そして本来的にはあらゆる人間は、)倫理的な要請にさらされている。集団や空気に依存して日和見的な立場に留まるのではなく、自らの責任において考え、発言し、行動することを、引き受けなければならない瞬間がある。

福島と沖縄が、日本人に呼びかけている。しかし、私たちはこの呼びかけに対して十分に応えられていない。

負担を一部の人に押し付け、後はそのことについて知らぬ振りを貫く程度の怠慢は、個人の水準では許容されるべき、たいしたことのない問題のようにも思える。

しかし、そのような不作為を、多くの人が、長い期間継続してきた結果が、明確な形をとって現れている。それなのに、私たちのこころは、その現実に直面することを避け続ける。実に巧妙に、他の問題にすりかえて、現実と出会い損ね続ける。

本当は、福島や沖縄だけではなく、多くの他者が叫びをあげているのだ。

日本的な美意識を悪用した疑似道徳に訴えることも、そのような抵抗の一つだ。

日本社会全体の経済的利益や、集団内の秩序を維持することを理想化することで、現実の問題への直面を求める主張を無効化しようとする。

主張の内容を議論の中心から外し、主張を行う人の美意識や知性の欠如の問題へと置き換え、そのことを断罪するような議論を構成することで、不愉快な感情を引き起こすかもしれない意見を封殺するような話し方が、横行している。

しかし、そこまでして守られねばならない国や集団のプライドとは何だろう。一時の感情的な快・不快の水準の判断を優先させることは、本当の意味での全体の利益を損なうのではないだろうか。

そのようにして維持されるのは未熟なナルシシズムに過ぎず、成熟した国への誇りとは異なった水準のものだ。それとも、真剣に守られているのは、オモテに出ないように守られている特定の層の既得権益なのか。

ここまでは、私が今まで「日本的ナルシシズム」という言葉を用いて批判してきた内容である。

ナルシシズムによる防衛は非常に強力なものだ。そしてこの数年、日本全体が今までの不決断・不作為の責任を突きつけられるような国際情勢の中で、かえってこころが防衛的になって、日本と日本人が主体的な責任の引き受けを倫理的に呼びかけられていることから、かたくなに目をそらそう、耳を塞ごうとする傾向が強まっている。

私はしばらく、日本社会に横行するナルシシズムによる防衛の挙動を観察することにとらわれていたが、よく見ると、他にも強力な防衛が何種類も働いていることに、最近は注意が向くようになってきた。

一つは、知性化・理性化による防衛である。これは、問題全体に関わることをせず、特定の領域の専門的で知的な課題に集中してこころを働かせることで、全体と関わることによるこころの動揺を防ぐことである。

ここで主に働くのは、道具的理性(エピステーメー)である。これはもちろん重要なプロセスで、正当な学問的な手続きを経て得られた知的な見解が集積されることで、全体的な判断が可能となる。問題は、その技術的な水準のみに意識が留まってしまうことだ。

今回、特に新たな文章を書いて話題にしたいと思ったのは、「強迫機制による防衛」である。強迫は完全主義、倹約、頑固、几帳面といった性格特性と関係があり、尾籠な話ではあるが肛門をキュッと締める感覚と関連している。生活の中のある局面が特権化され、そこは少しでも汚いものが入って来ないように必死になって守られるようになる。

もしケガレを見つけたならば、徹底的にそれを排除してキレイにしようとする行為に没頭することが、主体には強いられる。例えば、強迫性障害の臨床では、不潔なものに極端な恐怖感を抱いて、頻繁に手洗いを行う症例と出会うことは珍しくない。

ケガレとして扱われるものはいろいろとあるが、原発事故後には「放射能」がそのように扱われたのは、不思議ではないだろう。しかし、これだけ時間が経過し、さまざまな調査も行われているのであるから、「放射能=ケガレ」の意識からの変化は起きてもよいと思う。

また、右翼的な口ぶりで話す人と、左翼的な口ぶりで話す人が対話を試みたとして、それが生産的な議論とならずに、残念な品のない罵り合いにしかならないことがある。

それは、そのような口ぶりで話す人々が、強迫的な意識の水準にとらわれているからだ。論争の相手の主張を「ケガレ」と体験してしまい、それを強迫的に排除しなければならないという観念に飲み込まれているからだ。
強迫的な防衛は、モノや金銭を溜め込むこととも密接に関連している。そして、経済的などん欲さや、支配欲とも関係が深い。自分の領域の中に経済的なリスクが入り込むことや、コストを引き受けることを強迫的に排除しようとする性質の人は、吝嗇な人(ケチ)と呼ばれる。

「何で本当の意味での自己主張が、日本ではこんなにもまれにしか現れないのだろう」ということを、つらつらと考えてみたことがある。

(自己主張もどきはよく見かけるが、ここではその問題には踏み入らない)ある時に、日本では自己主張はコストが高くつくという事情があるのではないだろうか、と思い当たった。

つまり、日本では伝統的に自己抑制や分相応の振る舞いが美徳とされていたのである。そうすると、自己主張を行うことは、その内容によらず、それだけで分を弁えない道徳的な非難の対象とされる可能性がある。

そうであるから、価値のある主張が行われた場合には、苦労して何らかの発見をした人の成果を、そのように批判して攻撃した上で、強い立場のものが横取りすることや、周囲がただ乗りすることが容易なのだ。ここには、主張を行える自我の強さを持った者への、自己主張を行いえない人々の破壊的な羨望も働いているだろう。

結局、倫理的な責任を果たすために社会的な役割を果たそうとする人々の一部は、不作為な人々のちょっとした怠惰とどん欲さの積み重ねで、つぶされてしまうのである。

その様子を見ていた多数の人々は、新規のリスクを背負うよりも、安心して担げる主張が出現するまでは空気を読みながら待つのが得策と判断するようになるだろう。このようにして、不作為は維持される。

つまり、何らかの自発的な決断や言動を選択することによって負うかもしれない倫理的・経済的なリスクを強迫的に避け、空気を読んで大勢に沿う事で、そこそこの生活を維持できる可能性が高いから、それを続けたいと考えている日本人が大多数をしめているのが、現状かもしれない。

倫理的な要請に応えることには、コストがかかりすぎる。だから精神的な依存を継続したいというのがホンネなのだろう。こういう選択は、「現実的」と誤ってみなされることが多い


政治も、このような大多数の心性に媚びるような方法でしか、求心力を維持できなくなっている。不快な現実(借金が増えているというような内容)がこころの中に入らないように決めた多数派に対して、国全体として、何とかばらまきを続けることで不満を抑えて強迫的な防衛を維持することに汲々としている面があるのではないだろうか。

有効な主張を直接潰せない場合でも、ばらまきと脅しによって市場を占有して無意味な騒ぎを続けさせることで、有効な主張の方を兵糧攻めにして干上がらせ、結局はそれを排除することで、社会的・心理的な防衛を完成させることができる。本当に、真剣な思考よりも無意味なばか騒ぎの方を好んでいるとしか思えない。

このような前意識的・無意識的で防衛的な行動ばかりが目立ち、明晰な自我の意識によって支えられた思考や決断が不在の状況が続く事には、不安も感じる。これが妥当かどうかは、後の歴史が判断するだろう。


さて、ここで文脈を大きく反転させて結論を述べたいと思う。


強迫やナルシシズムのような私たちのこころの弱さ、防衛的で明晰でないあり方を前にして、どのようにするべきなのだろうか。

ひょっとしたら、日本人に限らず、危機の渦中にある人間というのは、この程度のものかもしれないと思う。なんと言われようが、ともかく一生懸命頑張るしかない、というのが最近の実感である。今、自分が何をやっているのかは、後からしか意味がわからないのだろう。

私は、ナルシシズムや強迫のような防衛的なものに対して、それを強迫的に排除しなければならないと考えるような、こころの防衛的な状態に陥っていた。

しかし、ナルシシズムのことも強迫のことも人間の姿の一つとして、受け入れることが重要だと、今は思うようになってきている。厳し過ぎる現実に急激に直面することなく、準備が整うまでは防衛的なかかわりに留めておくことは、一つの分別だろう。


強迫の特徴は、物事の悪い面ばかりが気になることだ。確かに昨今の日本人の心性の中には、好ましくない面も現れている


しかし、日本人の悪い面だけに注目せずに、良いところに注目してナルシシズムを守って育てて行くことも大切にしなければならない。私が不当に周囲に投影してしまったものは、自分の中にきちんとたたんでしまうようにしよう。正当な批判の部分を、守るために。


いろいろあっても、みんなで力を合わせて、この精神的な危機の時期を乗り越えられるようにしていきたい。

引用元
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「駆け付け警護」先送り 自衛隊初の犠牲者に怯える安倍政権、日刊ゲンダイ
2015年12月12日

「駆け付け警護」先送り――。今月7日の朝日新聞が1面トップでこう報じた。

 9月30日に公布された安保関連法は、半年以内の施行が定められており、政府は3月末の施行を調整中。それに伴い、安保法のひとつである「改正PKO協力法」施行により自衛隊のPKO部隊の「駆け付け警護」も可能になる。

そこで、南スーダンに派遣中の部隊が来年5月に交代になるのに合わせ、「駆け付け警護」の任務が追加される予定だったが、先送りされることになったというのだ。

 なぜ、先送りするのか。国民の反対を押し切ってまで、安保法を急いで成立させたのにおかしな話だ。理由は、「参院選への影響を避ける」ということらしいが、軍事の専門家は、政府が“逃げ腰”なワケをズバリこう指摘する。

「曖昧な表現を使っていますが、要するに政府は、参院選直前に自衛隊員に初の死者が出て、世論の批判を浴びるのが怖いんですよ。1993年にカンボジアで文民警察官が犠牲になったことが、政府関係者の脳裏をよぎったと思います」(軍事誌「PANZER」編集長・和泉貴志氏)

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「鬼太郎」と「戦争」をつなぐもの 水木しげるさんを悼む、Wedge
2015年12月18日(Fri)  足立倫行 (ノンフィクションライター)

11月30日に、手塚治虫氏と並び立つ漫画界の巨匠、水木しげるさんが亡くなった。

 享年93歳。「水木さん、100歳まで働き続けるんだろうな」と思っていたので、意外でもあり非常に残念だった。

 というのも、9月1日付けの新聞に載ったインタビュー記事を読んでいたからだ。

 地元・鳥取のテレビ局の企画で、幼年の頃に「のんのんばあ」と訪れた島根半島など自身の妖怪・原風景をたどる旅を終えたばかり、とかで「今は体も頭も調子がいい」と語っていた。記事に添えられたカラー写真の表情も意気軒昂、すこぶる元気そうだった。

 それが11月11日に調布市の自宅で転倒、頭部打撲による硬膜下血腫、緊急手術により一時回復したものの、30日に多臓器不全・・・・・・。

オチコボレや貧困と、戦地での不条理体験
2つの闇領域



『妖怪と歩く ドキュメント・水木しげる』

 私は翌12月1日の午後、出先で訃報を聞いたが、夕方自宅に戻るとメディアから次々に電話が入った。1994年に『妖怪と歩く ドキュメント・水木しげる』なる評伝(というより3年がかりのルポ)を書いたので、追悼の言葉を寄せる「関係者」の一員と見なされたらしい。その中で追悼文執筆の依頼は2件あり、翌日の朝までに書いた。

 実は水木さんが亡くなる前夜、書庫で偶然水木さんと一緒に行った93年のアメリカ旅行のアルバムを発見、しばらく見入っていた(水木さんが呼んだ?)。

 一編はそのことにからめ、水木さんの人生を振り返った。

 水木さんは15歳で大阪に出たが、就職も学校も失敗続きだった。子どもの頃から奇妙なモノの蒐集家(オタク)で絵がうまかったけれど、それで生活はできない。今で言うオチコボレだった。

そして一兵卒として南方戦線に送られ、左腕を失い、何度も死線をさまよった。戦後も「極貧」の紙芝居作家時代と貸本漫画家時代。少年漫画週刊誌ブームでメジャーデビューを果たすのは43歳の時だ。

 ただし、最初の運で前髪を掴んだ。オチコボレ「力」とオタク「力」を合わせて生んだ主人公。それが、墓場の穴から這い出てきた「幽霊族」の生き残り、(後に子ども達のヒーローとなる)「ゲゲゲの鬼太郎」だった。

 この成功で水木さんは、非常に稀有な「オチコボレの星」「オタクの星」となった。

 もう一編は、水木さんの矛盾だらけの言動(「怠け」を礼賛しながら本人は仕事中毒、など)や奇矯な振る舞い(葬儀で笑い出す、など)を理解するには、行動原理の最奥部にある戦争体験を知るべき、という一文。


戦死した日本兵。ニューギニア・ブナ(Getty Images)

 水木さんはニューブリテン島(パプアニューギニア)の最前線で奇襲攻撃に遭い、分隊が全滅。たった一人で命からがら部隊へ生還した。だが、あろうことか上官に叱責され「次は真っ先に死ね!」と怒鳴られた。

この不条理体験に比べれば、世間で言う常識や矛盾など何ほどのものか……(私は、この体験を基盤にして描いた自伝的戦争漫画『総員玉砕せよ!』こそ、数多い水木作品の中でも最高の傑作だと信じている)。

 オチコボレや貧困と、戦地での不条理体験。一見ほがらかでトボけた水木ワールドの根底には、2つの闇領域があり、それを抜きにして水木しげるという表現者は語れないと私は思った。

 しかし、2つの闇領域をつなぐものが、何かあるのだろうか? 追悼文から数日たってそのことが気になった。

改めて『総員玉砕せよ!』と、『ゲゲゲの鬼太郎』第1巻の<鬼太郎の誕生>編を読み比べた。そして、「あっ」と思ったのだ。

 鬼太郎は絶滅に瀕した「幽霊族」の夫婦の忘れ形見。だが、埋葬された母の胎内から地上へと這い出てきた時は無力な嬰児にすぎず、保護者役の目玉おやじの助力なしでは生きて行けない運命だった。

 その肝腎の目玉おやじ、母と相前後して死んだ「幽霊族」の父(重病のミイラ男)の、半ば崩壊した顔から、片方の目玉が1個流れ落ち、目玉のみで「ピクピク」と甦ったものだ(視神経や眼筋が体・手足になった)。

強烈な蒐集癖と眼力の確かさ

『ゲゲゲの鬼太郎』

 かなりグロテスクな目玉の流れ落ちる遺体の絵は、見覚えがあった。いや私が水木さんの仕事場で見た実物は写真だった。

 水木さんは絵の資料用に、新聞・雑誌等の写真を貼りつけたスクラップ帳を使っていた。紙芝居時代に開始して300冊以上。

 ある日取材で、見せてもらった。数冊ペラペラとめくって、不意に手が止まった。

 事件の現場写真だった。殺人事件なのかあるいは自殺、変死事件か、現場検証のように遺体も写っている。そのうちの1枚が、崩れた顔から目玉が1個流れ落ちる写真なのだ。

 「この写真、どうしたんですか?」

 私が尋ねると、水木さんが答えた。

 「ああそれね、資料探してて、神戸の古本屋で見つけたんです。戦争直後は警察とか検察とか、そういうところの内部資料が、市場に一部出回ったんです」

 神戸時代といえば、「極貧」の紙芝居作家の頃。私は目玉おやじの出現シーンを思い出しながら、その時は「よくもなけなしの金で」と強烈な蒐集癖と眼力の確かさに感心した。

 ところが今回、『総員玉砕せよ!』を読み直して、新たな思いに至った。

 ラストシーンで水木さんを思わせる玉砕部隊の最後の1人、丸山2等兵が銃撃を受け死んで行く。「誰にみられることもなく、誰に語ることもできず・・・・・・ただわすれ去られるだけ・・・・・・」と呟いて。その時の銃撃で崩れた顔、あけた口、見開いた両眼、がまさにスクラップ帳の遺体そのものなのだ。片目は流れ出ていないが、その顔は、死ぬ前の鬼太郎の父(ミイラ男)の重病の顔とも瓜二つ。

 水木さんは目玉おやじ出現の場面で「種族を守る執念」「不思議な生命力」と書いているが、その思いは、空しく死んだ丸山ら一兵卒の遺志につながり、変死して流出写真にのみ痕跡を残す無名の人の無念さにも重なる。

 時代を超えた庶民の無念の思い・・・・・・。水木さんの遺したメッセージは予想以上に重く、深いと感じた。

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あの時代を戦い抜いた記者・石橋湛山を読む 、東洋経済
湛山は、天下国家の記者だった

船橋 洋一 :日本再建イニシアティブ理事長、元朝日新聞社主筆

2015年12月02日

2015年11月、東洋経済新報社120周年記念出版として、元朝日新聞社主筆の船橋洋一氏の著書『湛山読本──いまこそ、自由主義、再興せよ。』が刊行された。この本は、石橋湛山(1884~1973)の膨大な論説から珠玉の70編を選び出して、その時代背景を点描し、湛山の問題提起を切り口にして、私たちの時代の課題を考えるヒントをつかみ出している。

湛山は東洋経済新報社主幹をつとめたジャーナリストであり、大正時代から戦前・戦中にかけて『週刊東洋経済』の前身である『東洋経済新報』を中心に、政治、外交、財政、金融、社会、文化の各分野にわたる言論活動を展開した。後に政界に転身し、大蔵大臣、通商産業大臣などを歴任し、1956年には第55代内閣総理大臣となった。

今回、東洋経済オンラインでは、『湛山読本』の「はじめに──湛山は、天下国家の記者だった。」の抜粋を掲載する。


現代にも似た「あの時代」に勇気を持って戦ったジャーナリストがいた。
一体、湛山は、どんなジャーナリストだったのか。まず、湛山は、筋金入りの自由主義者だった。

湛山は戦後、ジャーナリストとしてだけでなく、思想家として、それも「徹底した自由主義者」(経済史家・長幸男)として再発見されることになった。

その思想の根幹は、自助(セルフ・ヘルプ)である。個人のかけがえのない価値を大切にする。社会としても、それを最大限尊重し、それをめいめいが引き出すことを奨励する。その意味において自由主義は個人主義でもある。

湛山は、福沢諭吉の「独立自尊」の哲学に深く共鳴するところがあった。

「人は生まれながら独立不羈にして、束縛をこうむるのゆえんなく、自由自在べきはずの道理を持つということなり」。

福沢諭吉はそう論じた。福沢は、個々人の価値と教育によるその能力と可能性の開花と個人の突破力を信じ、その思想と理念を基にした社会システムの構築が可能であり、持続的であると信じた。

この烈々たる気概を湛山も受けついだ。

自由のために戦う愛国者

次に湛山は、愛国者だった。

湛山の愛国心は、世界に開かれた躍動する日本への惜しみない愛情であり、強張った民族主義や武張った国粋主義の対極にあった。

湛山は日本の国益を大切にしたが、それは「洗練された自己利益」(enlightened self-interest)をその内実とした。こちらの国益を大切にする以上、相手の国益も同じように大切にする。その両者の接点を見出すのを双方ともプラスと感じ、長続きさせようとする、そうした「開かれた国益」の追求である。

湛山においては、愛国心と自由主義は互いに矛盾する存在ではない。

思想の芯は、個人の価値をいかにして最大限実現するか、にある。

「人が国家を形づくり国民として団結するのは、人類として、個人として、人間として生きるためである。決して国民として生きるためでも何でもない」(「思へるまゝ 国家と宗教及文芸」『東洋時論』1912年5月号)。

しかし、人間は社会の中で生まれ、育つ動物であり、国家と歴史から超越して存在することはできない。人間は「人間の条件」があってはじめて成り立つ存在なのである。エドマンド・バークは『フランス革命の省察』の中で、次のように述べている。

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デモの参加者の数が地下鉄駅の乗降客数の平日との差で推測できた
【速報】8/30国会デモ、当日周辺駅で降車客の増加数は7万8千人近くと国会質疑で判明。

2015-12-03 12:00:39

8月30日の国会デモ参加者数を巡って、かなり確実な数字が出たため、お伝えしておきます。

東京メトロ
国会議事堂前、永田町、霞ヶ関、溜池山王、赤坂見附、赤坂、虎ノ門、桜田門、日比谷

都営地下鉄

日比谷、内幸町

上記各駅の当日降車客数です。

民主の宮崎議員が、衆院国土交通委員会の一般質疑中で公表しました。
東京メトロと都営地下鉄の回答によるものです。

前年8月最終日曜日の降車客数と比較すると、77,785人の増加となりました。

以前お伝えした情報による想定範囲内の結果と思います。

デモ参加者数の実数に近似している可能性が高いと思います

残念ながら10万人目標に届いていませんが、これだけ集まったことは賞賛に値すると考えます。

この参加者数に関して警察は低めに話していました。主催者はやや多めに話していました。

これはデモや市民集会でよくある状態です。

ここまでなら。

しかし、反原連関係者などがべらぼうな参加者数の水増しを言っていましたが、これはありえないことも、これで完全にに確認できたと思います。

こういうありえない水増しは本当にまずい。


自分たちの主張がいくら正しいと思っていても、嘘を平気でプロパガンダすると、おそろしく間違うことになりますから。まして、自分たちの実体を自分たちが過剰に膨らましますから。

こうしたプロパガンダを平気で追認した読者は反省して下さい。そういう自己満足型のネット系参加者は、現実を見据える努力をされないと、墓穴を掘る事になりかねません。

引用元
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2015年12月19日(土)
イランで受けた歓迎 − 自分の中の偏見が改まった旅、ハフポスト
2015年12月18日 15時59分 JST

こんにちは、TRiPORTライターのMasashi Amanoです。

僕が「イランに行く」と告げたとき、日本にいる家族や友達は「そんな危ないところに行って大丈夫なの?」と心配しました。今はアメリカとの関係が改善され、経済制裁が緩みましたが、その頃のイランは核開発疑惑もあり、「悪の枢軸」と名指しされる国でした。

僕自身も「イランは怖い」というイメージを抱いていたのですが、実際に足を踏み入れてみると、そこには想像とは全く違う国が広がっていたのです。

「イランの旅。マシュハドからヤズドに向かう寝台列車の中での出会い」

髭もじゃのイラン人男性たちとの出会い


イランを旅していた2013年11月、マシュハドからヤズドへ向かう寝台列車の同じコンパートメントで、3人の恰幅のいい髭もじゃのイラン人男性たちと出会いました。

イカつい見た目だったので「怖そうだな」と最初は思ったのですが、彼らは僕を見ると、「どこの国から来た?」「何しに来てるんだ?」と拙い英語でしきりに話しかけてくれたのです。おまけに彼らは僕に食べ物を分けてくれ、そのまま一緒に食事をしました。

ヤズドに着いたとき、ホテルまで送ってくれるというので、僕は彼らの車に乗りました。そして車内でイラン人男性の一人が、今夜ヤズドの案内と食事をごちそうしたいと言ったのです。

その言葉通り、夜に彼は彼の奥さんと一緒に、車で市内を案内してくれました。レストランでの食事のお代も「あなたはゲストなんだから」と言って、僕に払わせようとしませんでした。英語がほとんど通じないため身振り手振りも交えての会話でしたが、言葉が通じなくても真心が通じて、じーんとなったのを覚えています。

ニュースを鵜呑みにせず、旅することの大切さ

日本で耳にするニュースだけでは、イランは怖い国というイメージが強くなってしまいます。僕自身もそういうイメージを少なからず持っていましたが、それは偏見でした。実際に旅行してみると、人々はとてもフレンドリーで、旅行者に対しても分け隔てない態度で接してくれました。イランは怖い国ではなく、とてもフレンドリーな国だったのです。

差別や偏見は、根が深くてデリケートな問題です。旅をしていると、アジア人に対する差別を感じることもありました。それは多分、人は誰でも意外と狭い価値観や世界の中で生きているからではないかと思います。

ですが旅は、その狭い世界から飛び出すことができます。そして様々な世界や価値観を見ることができるのです。イランでの体験だけではなく、旅をしていると、それまで自分が持っていたイメージが覆され、認識が180度改まることがしばしばあります。だから旅は楽しい。

少しでも多くの人が旅に出て、現地の人と触れ合い、差別や偏見から解放されることを僕は願ってやみません。
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がん発症の最大要因、不運ではなく環境・習慣と 最新研究、BBC
2015.12.18

人はなぜ、がんにかかるのか。生活習慣や環境のせいか、それとも運が悪いからか。定説が確立していないこの問題について、今年1月には3分の2の症例は不運が原因だという説が今年発表され、大きな議論を招いた。

それに対して、16日に英科学誌「ネイチャー」に発表された米ストーニー・ブルック大学の研究チームの報告は、たまたま体が「不運」にもそうなってしまったからがんを発症したと言える症例は1~3割で、残りは生活習慣や環境が要因となっていると結論している。リチャード・リスター記者が解説する。

動画と引用元
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福島の甲状腺がんの異常発生をどう見るか、ビデオニュースドットコム
2015年11月14日

津田敏秀氏(岡山大学大学院環境生命科学研究科教授)



マル激トーク・オン・ディマンド 第762回(2015年11月14日)

福島で子どもの甲状腺がんが増えている。

 通常、子どもが甲状腺がんを発症する割合は、100万人に1人ないし2人とされている。しかし、福島第一原発事故の後、福島県が全県民を対象に行っている「県民健康調査」で甲状腺がんと認定された子どもの数は、2012年から2014年初頭の間の調査で明らかになったたけでも、その水準をはるかに上回っている。

福島県の検討委員会は2015年8月31日の時点で、事故当時18歳までの子ども367,685人のうち、既に104人が甲状腺がんと認定されたことを公表している。

 疫学が専門で医学博士の津田敏秀岡山大学大学院教授は10月、福島県が公表したデータを元に、福島の子どもの甲状腺がんの発症数が異常に高いとする論文を学会誌に発表した。津田氏の分析によると、福島では日本の平均的な発症率の20倍~50倍の高い確率で、子どもの甲状腺がんが発生しているという。

 津田氏は、福島の子どもの甲状腺がんの発生が異常に高いことは明らかなので、それを前提とした様々な施策がとられるべき段階に来ていると主張する。しかし、県の検討委員会は福島で甲状腺がんが多く見つかった理由は、全県民を対象に調査を実施したために、通常であれば見つかるはずのない症例までが表面化する、いわゆる「スクリーニング効果」が主な要因であるとして、現時点ではこれが原発事故の影響とは考えにくいとする見解を示して、静観する構えを見せている。

 甲状腺がんは、詳細な検査を行えば、通常ではがんとは診断されないものまでが表面化することはあり得るため、一定のスクリーニング効果があることは否定できない。県の検討委員会も、福島の子どもの間の異常発生は、スクリーニング効果によるものか、放射線被曝によるものかの、いずれかしか考えられないことは認めているが、現状のデータだけで被曝の影響と断定するのは時期尚早だとしている。しかし、疫学が専門の津田氏は、福島の発生状況は「スクリーニング効果では説明できない。

統計学的な誤差の範囲もはるかに超えている」として、異常発生の事実を認め、直ちに対策を取ろうとしないしない国や県の姿勢を批判する。


 チェルノブイリ原発事故後、ベラルーシやウクライナでは事故後5年目から子どもの甲状腺がんの異常発生が確認されている。そのため、日本では放射線被曝による甲状腺がんの発症には少なくとも4年はかかるとされてきた。今回のデータの元となっている健康調査は2012年から2014年にかけて実施されたものであることから、国や県や多くの専門家は、福島の異常発生は時期が早すぎると考え、放射線被曝が原因とは考えられないとの立場をとっている。

 しかし津田氏は、アメリカのCDC(アメリカ疾病予防管理センター)が、甲状腺がんの最短潜伏期間が大人で2.5年、子どもは1年と報告していることを示した上で、チェルノブイリの周辺で事故後5年目から甲状腺がんが激増したことは事実だが、実際には事故の1年後から甲状腺がんの増加が始まっていたことを、データをもって指摘する。

その上で津田氏は、現時点での福島での甲状腺がんの発生状況は、チェルノブイリ事故後の4年間に起きたパターンと酷似しており、日本でも5~6年目から甲状腺がんが急増の恐れがあるとして、早急にその対策を進めるべきだと主張している。

 津田氏の論文に対しては、特にネット上で、これを批判する声が多くあがっている。津田氏はデータを示した上で津田氏の論文を反証していものは見たことがないとして、これを一笑に付すが、日本国内では甲状腺がんに限らず、被曝の健康への影響を指摘すると、必ずといっていいほどこれを批判する声が多くあがり、ネット上では半ば炎上状態になる。

 津田氏は、日本には公衆衛生を正当に評価できる疫学者の数が圧倒的に少ない上、日本の保健医療政策は「立ち話、噂話、陰口、井戸端会議で決まっている」(津田氏)ため、正しいタイミングで妥当な政策を決定することが難しいという。

そのため、常に公衆衛生に関する重要な意思決定が先延ばしになり、結果的に被害の拡大を許してきた。その例は水俣病や四日市ぜんそくなど、枚挙に暇がない。しかも、どういうわけが直接の利害関係を有さない一般の世論も、何もしない方の選択、つまり「決定をしないという決定」を支持する傾向がある。

 またマスメディアも、こうした世論の動向に迎合するかのように、困難な問題と向き合うことを避けるところが多い。

津田氏の今回の論文も、権威ある疫学の国際的な学会誌で査読を受けた論文として掲載されたものだったことから、海外のメディアでは大きく取り上げられているが、日本国内の扱いはいたって小さい。

 いたずらに不安を煽ったり、根拠もなく問題を過大視するようなことがあってはならないことは言うまでもない。しかし、今日の日本は、専門家が十分な根拠を示した上である指摘を行っていても、特に根拠を示すこともなくそれを否定するような乱暴な言説が当たりまえのように横行し、ぞれが増幅してしまう不健康な社会になってはいないか。

その結果として、事実が歪められ、問題への対応が遅れたり被害者が増えるようなことは、なんとしても避けなければならない。

 データが明確に示している福島での甲状腺がんの異常発生を単にスクリーニング効果として片づけ放置することが、現時点での妥当な政策決定と言えるのか。なぜわれわれは判断を下すことがこんなにも苦手で、判断をしないとという判断だけは、こんなにも得意なのだろうか。

津田氏の論文が指摘する問題点やそれに対する反論、チェルノブイリ事故による甲状腺がんの異常発生に関するデータなどを参照しながら、ゲストの津田敏秀氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

動画と引用元

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5年で約1兆円…米軍基地「思いやり予算」のヒドい使い道、日刊ゲンダイ
2015年12月18日

一部引用・・

「思いやり予算の中には、基地内の郵便局、歯医者、ジムの維持費に加え、バーやボウリング場、映画館などの娯楽施設で働く従業員の労務費(毎年200億円以上)も含まれる。

神奈川県逗子市にある米兵用の池子住宅は通称『池子ヒルズ』と呼ばれ、3DKで広さは約130平方メートル。最寄りの京浜急行神武寺駅には専用改札口もあります。水道・光熱費も無料で、夏場につけっ放しにされているエアコン代もタダです」(防衛省担当記者)

 日本人が真夏に窓を開け、うちわをあおいで必死に猛暑に耐えている中、在日米兵はキンキンに冷えた部屋で娯楽に興じているのだ。米国人のリラン・バクレー監督が「思いやり予算」のインチキを暴露したドキュメント映画「ザ・思いやり」に出演するなど、在日米軍の問題に詳しい呉東正彦弁護士がこう言う

「本来は米軍住宅を造るよりも、東日本大震災や福島原発事故で今も仮設住宅住まいを余儀なくされている被災者の住宅を整備する方が先です。それなのに豪華な米軍住宅を造り続けているのは許し難い。

横須賀では高層の米軍住宅に空きがあるのに、さらに低層住宅を建設する予定です。日本政府は誰のために政治をしているのでしょうか」

 安倍政権が強調する「日米同盟の深化」なんてしょせん、こんなものだ。

全文を読む
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主翼の強度不足が判明?三菱飛行機
MRJの納入時期 1年以上先延ばしか

日本テレビ系(NNN) 12月18日(金)14時6分配信

 国産初のジェット旅客機「MRJ(三菱リージョナルジェット)」の納入時期の延期について、会社側による関係者への説明によると、主翼の強度が不十分な可能性が浮上し、納入が1年以上先延ばしされるとみられることが新たに分かった。

 三菱航空機はこれまで、1号機の納入時期を「2017年の4月から6月」としていたが、機体製造を担う関係者によると、三菱航空機側から、納入は1年以上延期させ、2018年後半にするという趣旨の説明を受けたという。

 また、この関係者が受けた説明によると、これまで3回実施された飛行試験の過程で、主翼の強度が不十分な可能性があり、長時間の飛行で旋回を続けた場合、過剰な負荷がかかって不具合につながる恐れがあることがわかったという。

 これについて、三菱航空機の広報は「分からない」としていて、来週に開く会見で延期の時期や理由について説明するとしている。
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原節子の戦争と平和、(2)(3) 半沢健市
原節子の戦争と平和(2)

―ナチスのアイドルとなった美少女―



原節子の戦争と平和(3)

―俳優は「着せ替え人形」なのか―

冒頭部分引用・・

 「原節子の戦争と平和」を書いていると関連する幾つかのテーマに導かれる。

一つは、俳優は職業の社会的な意味をどう考えているのか。

二つは、日本の映画人は戦争と平和をどう考えてきたのか。

三つは、映画観客はそういう問題をどう考えてきたのか。

こう書くと「たかが映画ではないか」、なぜそんなに問題を広げるのかという声がきこえる。「されど映画である」が私の答えである。20世紀の大半を通して映画はイデオロギーの拡散装置として大衆の心を掴もうとした。特に戦中の戦争映画はそうである。
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2015年12月18日(金)
原発と国家 第4部 「『電力』の覇権」   ③新聞・テレビに浸透
番組に抗議、広告カット、メディア対策に腐心
日本原燃の使用済み核燃料再処理工場=2008年5月、青森県六ケ所村

元広島テレビ放送報道制作局長の吉村淳は、広島市中区の本社に中国電力の数人の幹部が訪れた1993年の夏を今でも覚えている。「内容が一方的じゃないですか。どうしてこんな番組を放送したのか」。詰め寄られて切り返した。「どこが問題ですか」

 抗議を受けたのは92~93年に全国放送したドキュメンタリー3部作「プルトニウム元年」。

 プルトニウムは核兵器の原料にもなり、保有が国際的な監視下にある核物質。番組は、日本の原発の使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出す英仏の工場や周辺住民を被爆地の視点で取り上げた。

勉強会

 建設を控えた青森県六ケ所村の初の再処理施設の是非も問い、反響は大きかった。93年に「『地方の時代』映像祭グランプリ」を受賞した。

 吉村によると、中国電は放送後に「電気料金値上げに伴う広告予算カット」によりスポーツ番組のスポンサーを降りた。

95年春には吉村以下、制作の中心だった局次長、プロデューサー、ディレクターの4人が営業局へ異動した。


 「理由は分からない。われわれはジャーナリストであると同時にサラリーマンでもある。引き際だったんだよ」と吉村。

 2008年、試運転が始まっていた六ケ所村の再処理工場に、毎日放送(大阪)のテレビクルーの姿があった。10月、「なぜ警告を続けるのか~京大原子炉実験所〝異端〟の研究者たち~」として深夜放送された。

 実験所の助教として原発の危険性を訴え続けていた小出裕章と今中哲二に光を当てた。放送終了後、制作者側に「原子力が分かっていない。反原発に大甘だ」とする関西電力側の反応が伝わった。

 「意見や感想を言ったことはあるが抗議はしていない」とする関電。ただ、放送後に「毎日放送の依頼を受けて」(関電)、関電社員を講師に原子力の安全性に関する勉強会が開かれていた。

意見広告

 電力によるメディア対策が本格化するのは、原発立地が進むとともに、反対運動も生まれた70年代以降だ。報道機関はトラブルのたびに原発の安全性に関して追及、電力側は対応に追われた。

 東京電力社長の木川田一隆は71年、元経済誌編集長の鈴木建を業界団体の電気事業連合会(電事連)の広報部長に送り込んだ。鈴木の自著によれば、原発のPRに利用できるメディアは当時主に週刊誌や経済誌だった。

 「新聞やテレビなどの媒体はアレルギーが強かった」が、朝日新聞に74年、国の事業委託や電力会社の賛助金などを受け活動する「日本原子力文化振興財団」の意見広告が掲載される。「放射能は、環境にどんな影響を与えるか」との見出しで放射線医学の専門家が登場した。

 「原子力の広報は単なるPR費ではなく原発建設費の一部」と鈴木

経済部で電力担当だった朝日新聞OB志村嘉一郎は「オイルショックで景気が悪かった。鈴木は、今度朝日に広告が出るぞと喜んでいた」と話す。意見広告は読売新聞などほかの全国紙にも広がる。

 86年に発生した旧ソ連のチェルノブイリ事故は、食品汚染への不安から主婦や若者を原発反対に向かわせ、推進側のメディア対策も呼応するように練り上げられていく。

 「制作現場の人間とのロビーづくりを考える。特定のテレビ局をシンパにするだけでも大きい意味がある」「逆境の時こそマスコミにアプローチするチャンス」。科学技術庁(当時)の委託で財団が91年にまとめた報告書「原子力PA方策の考え方」は赤裸々につづる。

 電力10社の有価証券報告書によると、マスコミ広告費のほか原発のPR施設の運営費などの経費も加えた「普及開発関係費」は、10年度だけで計約866億円にのぼる。電事連の広告宣伝費は、過去5年平均で年約20億円という。(敬称略)(石川太一、真下周、山内和博)

引用元

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原子力機構業務ほぼ独占 関連企業の落札率99%超、東京新聞
 日本原子力研究開発機構(茨城県東海村)のファミリー企業・団体への不透明な発注問題で、一般競争入札でファミリー企業が獲得した業務の予定価格に占める落札額の割合(落札率)が、過去五年間の平均で99%を超えていたことが、機構や関係者への取材で分かった。ファミリー企業だけで競争した場合には100%のケースも多数あり、異常な状態になっている。 (小倉貞俊)

 通常、一般競争入札をすると、落札率はばらつきがあるものの、予定価格の80%前後で落ち着くケースが多い。90%超ばかりとなれば、予定価格が漏れていたり、談合があったりする可能性が指摘される。

 しかし、機構の公表データや関係者によると、ファミリー企業だけが参加した競争入札は、保守・管理や技術開発など各年度に百件前後あり、ほぼ全てが二社だけの争いになっている。落札率も100%近くだったという。

 ファミリー企業の担当者は「同じ業務は同じ仕様で発注されることが多く、前年度の契約額と同額を入れれば、たいていの場合は獲得できる」と話す。他社が受注し続けてきた業務を獲得しようと挑戦することもあるが、「初めての業務は分からない部分も多く、前年度と同額で競り落としても採算を取るのは難しい。少し額を多くし、『落とせれば幸運』と考える。現状を守れればいい」(別企業の担当者)という。

 各担当者の話に共通するのは、ファミリー企業以外からの新規参入はほとんどないのが実情のため、価格競争をする必要性を感じていない点だ。その分、税金で賄われている機構予算を節減する機会が失われたともいえる。
 ファミリー企業をめぐっては、互いに株式を持ち合ったり、中心的な企業が何社もの株式を保有したりして、いくつかのグループができている。ファミリー企業だけの競争入札の中には、グループ内の企業だけが入札し、名実ともに競争がなかった事例も少なからずあるという。

 こうした現状について、機構の担当者は「次年度の入札に影響するので落札率は公表していない。ただ、落札率が100%近くになるケースがあるのは、公表している契約額を見て各社が予定価格を類推していることが考えられる。適正な競争が行われるよう、さらに改善に向けて努力していく」とコメントした。

 機構を所管する文部科学省原子力課の担当者は「落札率の状況は承知しているが、予定価格が推測される恐れがあり、コメントはできない」と話した。
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東電、再稼働なくても黒字 新潟・柏崎刈羽原発、4年連続  共同通信
2015年12月17日 19時55分

 東京電力が、柏崎刈羽原発(新潟県)が再稼働しなかった場合でも、2017年3月期に経常損益(単体)の黒字を見込んでいることが17日、分かった。

黒字を確保すれば4年連続となる。16年3月期は3140億円の黒字を想定した。コスト削減や原油安に伴う燃料費負担の軽減を背景に、業績回復が鮮明になってきた。

 東電が主要取引銀行に12月に示した収支計画で判明した。福島第1原発事故後の経営の立て直しに一定のめどが付いたとして、計3300億円分の社債発行を6年ぶりに再開することも明記した。
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路上にいないホームレス 女性たちの「見えない貧困」、Yahooニュース
12月16日(水)8時27分配信

「待機部屋」で一日を過ごす

三上さん、38歳。三上さんには家がない。

東京と埼玉でデリヘル(派遣型性風俗サービス)を展開する風俗店「池袋デッドボール」に勤めている。顧客から指名が入るまでの「待機部屋」が、三上さんの “自宅”だ。

繁華街の片隅にあるマンションの一室。5人も入れば手狭になる1DKで一日を過ごす。仕事以外の用事で外出することはほとんどない。

給料は歩合制だ。客が支払う6000円から1万円ほどの料金から店が仲介料を取った残りが、女性たちの手元に入る。仕事が多く入れば1日2万~3万円を稼ぐことも可能だが、収入ゼロの日も多い。

三上さんが風俗業界に入ったのは16年前。23歳だった。以前はスーパーの店員として働いていた。初めての一人暮らしで、家賃や生活費をまかなうので精一杯。洋服代や遊興費を工面するために軽い気持ちで消費者金融に手を出した。額は多くはなかったが、借り入れは毎月続き、利子はどんどん積み上がった。

決定打は、友人からカネを貸してほしいとせがまれ、数十万円を融通したことだ。すぐに友人は音信不通に。三上さんの借金の総額は400万円以上にもなっていた。スーパー店員の稼ぎだけでは到底返済できない。スーパーを辞め、風俗に足を踏み入れた。

「自分が悪いのはよくわかっています。でも、親兄弟を頼ることはできませんでした。当時の私には、風俗しかなかった」

住所不定から抜け出せない


<今日は 9:00 ~ 23:00 の受付予定です。お誘いお待ちしてます。三上>

30代後半になると、20代前半の時のように割よくは稼げない。体力的にも風俗だけでは限界に近づきつつある。

「でも、抜けられない。昼間の仕事に就けないんです。待機部屋で寝泊まりしているって、住所不定ってことですから」

仕事を探そうにも自宅がなければ取り合ってくれない。家を探そうにも門前払いだ。保証人もいない。

「夢、ですか? ないですね。あ、でも家賃3万9000円のアパートを見つけたんです。そこになんとか入れたら……それが夢……かな」

路上では寝ていないから見えづらいが、三上さんは「ホームレス」だ。風俗という“セーフティーネット”が、彼女たちの貧困を覆い隠している。

インタビュー動画


(Yahoo!ニュース編集部/AERA編集部)
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<産経前支局長>韓国司法、政治色強く 無罪判決、毎日新聞
毎日新聞 12月17日(木)21時39分配信
 ◇「善処を」政府要請を判決公判で読み上げ

 【ソウル大貫智子、米村耕一】産経新聞前ソウル支局長の名誉毀損(きそん)訴訟で無罪判決が出た背景には、今回の事件が「言論の自由」の侵害だと国内外から強い批判を浴びていたことや、日韓関係に与える影響を裁判所側が考慮したことがあるとみられる。

 判決公判の冒頭、李東根(イ・ドングン)裁判長が韓国外務省からの文書を読み上げた。「日本各界の人から大局的に見て善処を求められている。12月18日が韓日基本条約発効50周年であることなどを勘案し、こうした要請を真摯(しんし)に考慮してほしい」との内容だった。韓国外務省は、日本側の要請を伝えただけだとする。

 しかし、韓国司法は世論や政治に影響されやすいとされ、裁判長がわざわざ文書を読み上げれば、裁判所が政府の意向を「考慮」したと受け止められかねない。

 加藤達也前支局長の弁護人は「昨日か一昨日裁判所に提出された文書で、判決に影響を与えるには時間的に間に合わない」とするが「(無罪判決が)裁判所にとって心理的に負担だったとすれば、それを軽くした可能性はある」と話す。日本外務省の幹部も「韓国側にいろいろ働きかけてきた。それを韓国の裁判所がしんしゃくしたのではないか」と指摘する。

 ただ、韓国主要紙のある記者は「本当に影響されたのなら公判で紹介するはずはなく、前支局長を諭すのが目的ではないか」と言う。

 一方、韓国では近年、名誉毀損でメディアを訴える事件が増えていた。青瓦台(大統領府)によるメディアに対する名誉毀損訴訟も相次いでおり▽2014年5月、客船セウォル号沈没事故で、朴槿恵(パク・クネ)大統領の弔問は演出だったと伝えたキリスト教放送(CBS)▽同11月、朴大統領の元側近男性が政権人事に介入したとの文書を報道した韓国紙・世界日報▽同12月、元側近男性に関する文書が青瓦台秘書室長の指示で作成されたと報道した東亜日報--などが相手となった。

 沈没事故や元側近男性の人事介入説は、朴政権に打撃を与えており、訴訟による言論封じと批判された。

 国連の人権委員会も今年11月、リポートの中で「政府の活動を批判した人物を名誉毀損で起訴する事案が増えていることを懸念する」と指摘。「韓国は批判に対して寛容な文化を育てるべきだ」と促した。

 韓国側は当初「民事・刑事上の責任を最後まで追及する」(青瓦台)と強気だったが、最近は有罪判決が出た場合「言論の自由」に対する韓国政府の姿勢に強い批判が噴出し、国際的なイメージが傷つく可能性への懸念が、政権内に広がっていた。
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戦後70年、これからの日中関係 加藤嘉一 (国際コラムニスト) ポリタス
2015年9月2日

8月上旬のある日、私はラオスの首都・ビエンチャンにあるワットタイ国際空港に降り立った。入国審査を終え、表に出ると、雷雨が大地に覆いかぶさるなか、東南アジアの新興国らしい賑やかさと気持ちのいいカオスが眼に飛び込んで来た。現場で働く人々は、両手を合わせて「サバイディー」と言って、自然な笑顔をくれた。

不意にふりかえると、そこにはラオスと日本の国旗が並んで掲げられている、銀色をした、厚く、しっかりとした看板が存在していた。ラオス語と英語で内容が表記されていた。

“The Project for Expansion of Vientiane International Airport”(ビエンチャン国際空港拡張計画)

そして、この計画が2012年に日本の政府と国民からの援助によって達成されたものであり、同空港は日本とラオスの友好と協力の象徴である旨が謳われていた。1人の日本人として、喜びに胸が熱くなり、同時にそれを撫で下ろした。

翌日、ビエンチャンの街を散策して回ると、そこは中国の存在感で満ちていた。ラオス現地の銀行や他業種の会社の建物を含め、「遠くない過去」までフランスの植民地だったこの地だが、今では町の看板は中国語表記であふれていた。中国のレストラン、メーカー、銀行、マッサージ店などが進出し、街中で中国企業による建設ラッシュが進んでいた。地元の人々は誰もが、「近年中国の投資がものすごい勢いで進んでいる」と言っていた。

市内でバイクを改造した三輪タクシー・テュクテュクに乗り込むと、雲南省昆明市から来ている中国の方とご一緒することになった。2005年からビエンチャンでビジネスをしている建築会社の駐在員だった。彼によれば、現在ビエンチャンだけで大体10万人の中国人が住みながら商いを営んでいるそうだ。特に農業国であるラオスは建築業のノウハウが足りず、そこを狙って中国(主にラオス北部に隣接する雲南省や、湖南省、浙江省)からの商人たちがやってきて、現地のインフラニーズを満たしているという。

大掛かりな建設プロジェクトを受注するためには地元政府の審査を通る必要があるようだが、当局も基本的に前向きで、何か問題が起こっても、国内企業の海外進出を奨励する中国政府が調停に入ってきてくれるとのことだった。

「ここへの投資や商いは中国がメインだ。あなたの祖国である日本は、主に政府系プロジェクトや観光客が際立っている」、彼は別れ際にこう言った。なまりの少ない北京語であった。

この雲南商人と話をしながら、私は、往々にして「いい国・いい人」だと思われたいという懇願をモチベーションに言動をとる傾向の強い日本政府・国民には、それだけでなく、世界各地に埋もれている未開の地に眼を向け、貪欲にそれらを開拓していく姿勢も求められるのだと実感させられた。

同時に、数年前、ある日本の政治家がプライベートの席で私に語った問題提起を思い出していた。

「加藤さん、私は日中関係にどう向き合えばいいんだろうか? ロシアとの関係なら何をすればいいかは明確だ。北方領土の問題を解決し、平和友好条約を結ぶこと。中国とはすでに同条約を結んでいるし、経済関係も繁栄している」

この政治家は、中国との関係に真剣に向き合い、日中関係が重要だと認識するためのインセンティブを探していた。

話をしていくうちに、私たちは、「共同プロジェクト」という概念にたどり着いた。官か民かは問わず、時には官民一体で、日中間で共同プロジェクトを作り、進める過程で、交流や協力を促し、相互理解と信頼を構築していこうというコンセプトである。

私は2003年に高校を卒業し、単身北京へ留学した。中国が改革開放政策を進める情勢下において、学業の傍ら、中国の論壇やメディアで発信しながら、自分なりに、言論統制や「反日感情」が渦巻く異国の地で活動することの難しさと楽しさの両方を、身をもって体験する幸運に恵まれた。

私にとって最も大きなテーマのひとつは日中関係、あるいは日本と中国がどのような関係を構築していくか、だった。領土や歴史に関わる問題などによって政治関係が不安定化し、国民感情も相互的に悪化しやすい日中関係において、安定的・健康的な関係は天から降ってきたり、自然とそこにあるような類のものではなく、両国の政府や国民の不断なる、人為的な努力と行動によって初めて成立するものだ。

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中国とアメリカは根っ子ではつながっているが見えるところでは競う
米国が「中国打倒」を決意した2015年。これから世界はどう変わるか?

こちら

中国の野望をくじくため、米国は「辺野古」を捨て石にする

こちら
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日本人が英語なんてしゃべれないよ!茂木健一郎
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日本の司法はおかしい、だから闘い続ける、東洋経済
周防正行監督に裁判の問題点を聞く

一部引用・・

――メンバーの6割以上は権力側ですから、一般有識者の主張は押さえ込めると見たのでしょうか。監督と村木さんが入った審議会が出した結論なら権力側としては免罪符になりますね。それにしても警察、検察関係の委員の言動には驚きます。まさに、「10人の真犯人を逃すくらいなら、ひとりくらいえん罪を出しても仕方がない」というスタンスです。

たとえば、供述調書に極端に依存する現状の取り調べ手法がえん罪を生むからこそ、取り調べの可視化が検討されているというのに、録音、録画する箇所は、「取り調べる側の裁量に任せるべき」となっている。否認している限り勾留し続け、自白を強要する人質司法が批判されているというのに、164日間も勾留された村木さんを目の前にしながら、裁判官は「勾留の運用は適正になされている」と言い切っている。

国家権力は「10人の真犯人を逃すとも、ひとりの無辜を罰するなかれ」の格言を無視しています。明らかに、治安を維持するためには、あるいは捜査機関の信頼性を高めるためには、えん罪であっても被告人を処罰した方が良いんだと考えているとしか思えません。

――多くの国民に、真犯人は必ず処罰される、という強い期待があるからそうなるのではないでしょうか。以前、やはり多くの無罪判決を書いたことで知られる元裁判官の原田國男弁護士にお話を伺った際、無罪判決を出していちばん怒るのは国民だとおっしゃっていました。

そうかもしれないですね。無罪なら「真犯人は誰なんだ」と怒るでしょう。おそらく多くの人は、「何も悪いことをしていない人が、警察に捕まるわけがない」と思っています。自分は何も悪いことをしていない。そんな自分がえん罪に巻き込まれるわけがない。

万が一無実の罪で捕まっても、裁判は公正に行われていると思っているから、無罪になると信じている。でも現実は違います。痴漢事件がいい例です。えん罪は私たちが思っている以上に多いと思います。

結果はほぼ敗北と言われても仕方がない面がある


――審議会の検討テーマは9項目でしたが、今回の著書では特に中核となる3つのテーマに関する議論に絞って、議論の推移を詳細に語っておられます。

結果はほぼ敗北だと言われても仕方がない面があると思っています。取り調べの可視化は全事件、全課程の録音・録画を目指しましたが、裁判員裁判対象事件と検察独自捜査案件のみになりましたし、証拠の開示は全事件での事前全面一括開示を目指しましたが、公判前整理手続き対象の事件に限り証拠のリスト開示が認められただけで、捜査関係者が被疑者のアリバイ捜査で、現場で聞き込みをして得られた捜査報告書も対象外。

そもそも再審事件も対象外です。あまりにも安易に勾留が行われているので、その現状を打開するための規定設置も目指しましたが、安易な勾留など行われていないという捜査関係者と裁判所の主張を事務局が汲んだ結果、裁量保釈(起訴後の保釈)の判断に当たっての考慮事情を明記するだけになりました。

――ただ、起訴前の被疑者の段階から国選弁護人を付けられる規定は、従来は懲役刑と禁固刑の対象事件だけでしたが、全ての事件に拡大されました。

それは日弁連の今までの努力の成果です。ただし全事件と言っても身柄拘束される事件が対象ですので、さらに実績を重ねて、全ての事件で弁護人が付くようにしてほしいです。

――米国の刑事ドラマを見ていると、必ず弁護士が取り調べに同席していますよね。

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瞑想と「深い呼吸」が折れない心をつくる 、東洋経済
米国防の要「ペンタゴン」が認めるその効果

カイゾン・コーテ :米国国防総省キャリア

2015年12月11日

一部引用・・

瞑想というと、仙人や仏門に入った人間の修行のためのものというイメージがあるかもしれない。「無我の境地」、「悟りを開くためのもの」という先入観もあるため、ペンタゴンで導入した際も、現場から最初はなかなか受け入れられなかった。「実生活でも役立たないし、実戦にもまるで関係ない」という反発もあったが、始めると、それが間違いであることを誰もが気づく結果となった。

多岐にわたる瞑想の効用


「疲れにくくなった」、「集中力が増した」、「イライラや不安が消えた」、「緊張下でも冷静でいられるようになった」――これらはすべて、現場で瞑想を実践した人の声だ。ネガティブだった反応はポジティブなものに変わり、一気に受け入れられるようになった。

われわれが推奨する瞑想法は、「マインドフルネス瞑想」という実に簡単なもの。座禅を組む必要も特別なテクニックも必要としない。静かにゆっくり呼吸を続けるのがポイント。肩を楽にし、姿勢を整え、目を軽く閉じ、「今、この瞬間」に起こっていることに意識を向けるだけ。いちばん簡単なのは、自分の息に意識を向けることだ。

「吸って、吐いて」という、ゆっくりとした呼吸のリズムにだけ集中していくと、結果的に思考がしっかりと休まっていく。1日たった5分でいい。それが習慣化すると、以下のような驚くほどの効果を体感できるはずだ。

恐れや不安の軽減 記憶力強化 免疫力強化 集中力強化 うつ病の改善 血圧の安定化と心疾患予防 血糖値の安定 適正な食欲の維持 安定した睡眠 外傷など痛みのコントロール 第三者への理解や共感力強化 

瞑想の重要ポイントでもある「ゆっくりとした呼吸」。実は、良質な呼吸を日常心がけることが、心のキャパシティーを広げ、困難や逆境に強く、折れないしなやかな心をつくり上げるのに大変有効だ。

呼吸は生理的機能ゆえ、普段はあまり気にも留めないだろうが、現代人は息が総じて浅すぎる。ストレスをためてしまうと肩や胸だけで呼吸する形となり、必然的に息が浅くなる。また、酷い場合には緊張すると呼吸を止めてしまう、ということもある。「息」はいつでも、しっかりしなくてはいけない。

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