2017年1月8日日曜日

福島原発事故が起きて4年経過した2015年12月01日から12月05日の「阿智胡地亭の非日乗」の記事  その2

2015年12月02日(水)
坐禅と遍路から観えた釈尊の教えと 釈尊が現代のわれわれに問いかけること その6
 知りあってから半世紀を越す山内庸行さんは学生時代から座禅をされ、最近は四国八十八ヶ所の通し遍路を2回されました。

山内さんはそれらの積み重ねの中から、自分の子どもたちにメッセージを残したいと思うようになりました。

幸いその草稿を見せて頂くことが出来ました。シリーズで連載します。


坐禅と遍路から観えた釈尊の教えと
釈尊が現代のわれわれに問いかけること


第6回


3.坐禅と遍路の体験との関係

① 遍路とは何だったのか?

800mや900m級の山の寺や4・500m級の山の寺がいくつもあり、寺と寺の間が100kmを超える総行程1200kmとも1400kmとも言われる88ケ寺の遍路道を、約7kgの荷物を背負い、徒歩で、一回目は、68歳の時、父の初盆前に42日間で、二回目は、70歳の時35日間で歩きました。来年の秋には、今度は、テントをかついで、かつ逆回りで遍路をしたいと思っています。

初遍路の後ある友人から“それで結局遍路って何だったの?”と聞かれ、思わず次のように答えました:

・私と同じような年齢で二回の歩き遍路をした父は、私名義の般若心経の写経と共に“遍路は歩禅”という言葉を遺してくれた。初遍路で、私も私なりに“遍路は、歩く坐禅だ!”と実感した。

・“遍路とは道に迷うこと”とでも言いたいくらい道に迷う。その時の思わぬ人の思わぬ親切そして果物などのいわゆる接待。心からの感謝の念が自然に生れる。生きているというよりは、生かされている・お陰様という感覚が、自然に無理なく出てくる。

・10日も歩いていると、膝や腰は痛み、肩はこり、足ははり、体で痛くない所を探すのは不可能なくらいになる。宿に入ると、もうここまでと思う事が何回もありました。でも、一晩寝ると、不思議と疲れが取れている!そんな生命力が自分にあったのだと気付かされる。これも日常的には忘れ去っている感覚。自分は生命だったのだと言う感覚が、自然に無理なく出て来る。

   ・坐禅をしていると、時間が余り気にならなくなる時が確かに訪れる。3日・5日・7日と坐禅していても、坐るにつれて時間の経つのが次第に速くなり、そしていつの間にか終わったということも珍しくない。

遍路でも、山間部では限りなく山裾が、海辺ではこれでもかこれでもかと岬が続いているが、しかしそれが全く気にならず、今の一歩をただ今一歩するだけという心境が確かにやってきた。過去があり未来が在り、時間は過ぎ去るものではなく、今・今と在るものだと実感した。

・何よりもいかにしんどくても、今の一歩を、この自分が、今踏み出す以外に選択肢は無く、生きる当の本人は、自分以外にないことに気付かされ続けた42日間だった。

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記者クラブ系大手メディアが取り上げない「ブラック企業大賞」がある
ブラック企業大賞・セブン「収益構造に歪み」「メディアが取り上げない」実行委が指摘

パワハラや長時間労働など、従業員の労働環境に問題のある企業を選ぶ「ブラック企業大賞2015」の授賞式が11月29日に開かれ、セブン-イレブン・ジャパンが大賞に選ばれた。

授賞式後のシンポジウムでは、実行委員会メンバーの弁護士やジャーナリストらがブラック企業の現状について議論した。

今年で4回目となるブラック企業大賞は、弁護士やジャーナリスト、学者などでつくる実行委が主催。今年の大賞に選ばれたセブン-イレブン・ジャパンは、販売期限の近い弁当などを値下げする「見切り販売」を妨げるなど、フランチャイズ加盟店から搾取しており、そのしわ寄せがアルバイトに及んでいると、実行委は指摘している。

実行委メンバーの佐々木亮弁護士は、セブン-イレブン・ジャパンについて、「ビジネスモデルとして収益を上げる構造に歪みがあって、立場の弱い従業員に及んでいる」としながらも、同社のメディアへの影響力から「週刊誌などは(大賞の受賞を)取り上げないのではないか」と指摘した。

●「とんでもない企業は世の中にまだある」

ブラックバイトユニオン事務局長の坂倉昇平氏は、「これまでにブラック企業大賞にノミネートされた企業のなかには、労働環境の改善が進みつつあるところがある」と述べ、賞をきっかけに問題が認知されていることの意義を語った。

佐々木弁護士は「10~20年前だと、過労死しても『自己責任だ』という言説がまかり通ったが、今の時代、企業の代表が『自己責任だ』と言ったら大炎上する」と、社会が変わりつつあることを説明。

「とんでもない企業は世の中にまだある。すべてを一度に改善することは難しいので、一つずつ積み上げていきたい」と述べた。


ジャーナリストの竹信三恵子氏は「メディアの情報のもとを作るのは私たちだ。やはり騒がないと何も起きない。今は『炎上』というツールがある。私たちは、ないものを嘆くより、新しく使えるもの使い倒すべきだ。そのための口火として、ブラック企業大賞を続けていきたい」と話していた。

実行委によると、毎年、ノミネート企業を授賞式に招待しているが、これまでに1社も出席したことはなく、今回の授賞式にもノミネートされた6社の関係者は姿をあらわさなかった。



ブラック企業大賞に「セブンイレブン」、「アリさん」引越社には「アリえないで賞」

ブラック企業大賞に「セブンイレブン」、「アリさん」引越社には「アリえないで賞」

パワハラや長時間労働、賃金未払いなどを従業員に強いる悪質な企業を選出する「ブラック企業大賞2015」の授賞式が11月29日、東京都内で開かれ、セブン-イレブン・ジャパンが大賞に選ばれた。

今年で4回目となるブラック企業大賞は、弁護士やジャーナリストなどでつくる実行委員会が主催。今年ノミネートされた、セブン-イレブン・ジャパン、暁産業、エービーシー・マート、フジオフードシステム、明光ネットワークジャパン(明光義塾)、引越社関東(アリさんマークの引越社)の6社から大賞を選出した。

セブン-イレブン・ジャパンは、フランチャイズ加盟店主の見切り販売を妨害するなど、過酷な搾取をおこない、そのしわ寄せが学生アルバイトに及び「ブラックアルバイト」が問題化しているとして、ブラック企業大賞に選ばれた。

このほか、「ブラックバイト賞」が、個別指導塾「明光義塾」を運営する明光ネットワークジャパンに贈られた。「ウェブ投票賞」は、アリさんマークで知られる株式会社引越社関東が、ウェブ投票で他のノミネート企業を大きく引き離す11875票を獲得して、受賞した。引越社関東は「アリえないで賞」にも選ばれた。「特別賞」にはパワハラで未成年の労働者が自殺に追い込まれたとして、暁産業株式会社が選ばれた。

弁護士ドットコムニュース

セブン―イレブン敗訴が確定 見切り販売制限で賠償
西山貴章2014年10月15日21時46分

 コンビニ最大手のセブン―イレブン・ジャパンから、消費期限の迫った商品を値下げする「見切り販売」を妨害されたとして、加盟店主4人が同社に総額約1億4千万円の賠償を求めた訴訟で、同社に計1140万円の支払いを命じた東京高裁判決が確定した。最高裁第三小法廷(大橋正春裁判長)が14日付の決定で双方の上告を退けた。

 訴えていたのは北海道、大阪府、兵庫県の加盟店主4人。昨年8月の高裁判決は、4人が同社の担当者から「見切り販売をしたら店を続けられない」などと言われた、と認定。「加盟店主が価格を決定する権利を妨げ、見切り販売の取りやめを余儀なくさせた」として違法性を認めた。
 同社側は「妨害行為はなかった」、店主側は「賠償額が少なすぎる」として、それぞれ上告していた。

 同社による値下げ販売の制限をめぐっては、公正取引委員会が2009年、独占禁止法違反(不公正な取引方法)にあたるとして排除措置命令を出した。このため同社は同年8月、値引きの容認を決めていた。加盟店主4人は同年9月に提訴。同法の規定で、高裁が一審となった。
 最高裁の決定を受け、同社は「当社の主張が認められなかったが、弁護士とも相談して対応していく」とのコメントを出した。(西山貴章)


このブログ記事の最後に、2014年7月30日、東京・有楽町の外国特派員協会で記者会見を開かれた、前述した裁判の原告、セブン-イレブン加盟店オーナーでありコンビニ加盟店ユニオンの副執行委員長をつとめる三井義文さんと、この裁判を担当した同ユニオンの顧問である中野和子弁護士らの記者会見の模様をお伝えします。

この記者会見が外国特派員協会でしか開けなかったこと、そして、そこに日本の報道陣が全く来ていなかったことが、セブンイレブンのマスメディア支配と日本のマスコミの堕落を示しています。

引用元

セブンイレブンのおにぎりや惣菜類は他のコンビニよりおいしいのに・・。店は頑張っても本部に大半の利益が吸い取られる仕組みは大したものだ。

セブンイレブン経営者募集サイト
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原発と国家 第2部「立地の迷路」  ③「電力」と蜜月始まる
建設中の福島原子力発電所=1968年6月


「車の両輪のごとく発展を」。福島県大熊町元職員の竹山哲男=仮名、70代=は温泉旅館や日本料理店での会合で、東京電力や町の幹部が決まってこうあいさつしたのを覚えている。役場や農協、区長会はソフトボール大会や懇親会を通じ東電と「血のように濃い」関係を築いた。長い"蜜月"が始まった。

 日本原子力産業会議の報告書などによると、東電は60年代初めから約320万平方メートルの第1原発敷地の買収に乗り出し、国土計画興業の土地分を含め、約300人の地権者に約5億円を提示。反対する者はなかったという。沿岸にはサケ、スズキなどの好漁場があったが、各漁協はそれぞれ約1億円の補償を得て、共同漁業権を手放す。

 原発マネーで立ち並ぶ民家を指して、町民たちは「原発御殿」とささやき合った。「すべての町民が地元で仕事ができる、出稼ぎに出なくてもいいと喜んだ」と竹山は振り返る。

黎明

 用地買収の成功で、第1原発の大々的な建設工事が始まった。60年代後半の両町の様子を描いた映像が東電に残っている。タイトルは「黎明(れいめい)」。太平洋を望む切り立った断崖上でトラクターがせわしく動き、赤土を次々と削り取る。自転車やバイクで陸続と出勤する作業員の姿に「地元の人たちも工事に参加する」とナレーションが入る。

 「静かな田園地帯」「過去数百年にわたって地震や台風、津波などの大きな被害がない」との説明も。低音のピアノをバックに「昇る太陽を待つ大地に輝かしい朝が来る」と興奮気味に伝える。

 71年3月、第1原発1号機が営業運転を開始。町民のほとんどが何らかの形で原発の仕事にかかわるようになった。大熊町にある大野駅は夕方になると、青い制服の東電社員であふれた。「すし屋のカウンターが社員であふれ返った。町民たちは小さくなって見守った」と竹山。

 敷地内には、プラントの製造を一括受注した米ゼネラル・エレクトリック社の家族が住む「GE村」が完成。小学校やテニスコートも設けられた。クリスマスやハロウィーンのパーティー、運動会が開かれ、町民たちと交流を深めた。

 ▽採用枠

 東電が関係者向けに配布した冊子「福島第1原子力発電所45年のあゆみ」は当時の熱気をこう伝えている。「道路や下水道整備が急速に進み、スクールバスや公用車導入も早かった。双葉郡全体が活気に沸いた」

 竹山は70年代、町役場で原子力行政を担当した。当時の町の予算40億~50億円のうち、課の割り当ては約7億~8億円。国の原発関連交付金でスポーツセンターの柔剣道場、プール、野球場などを整備していった。

 町や議会は当時「東電採用枠」を持っていた。町長は数人、議長は1人。地元出身者の半分以上はコネ入社だった。竹山はある元町長が「孫を東電に入れたいなら言ってくれ。東電との付き合いは深いから」と豪語するのを聞いた。

 竹山は原発事故後、避難生活を送る。「東電という甘いあめ玉をなめて、しっぺ返しを食らった」。竹山が勤める特別養護老人ホームの入所者約100人は事故後、19の介護施設に移った。おむつ交換も一人での食事もままならない老人たち。既に7人が亡くなった。(敬称略)(伊藤元修)

引用元。
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兵庫県の土地信託事業、大損失で撤退。責任者は誰かを問うもののない県民たち
2015/12/1 06:51 神戸新聞

兵庫県の土地信託終了「客減少」「敗訴」誤算続き

青野運動公苑の土地信託事業の経緯


青野運動公苑の土地信託事業の構図



 兵庫県が手掛けた唯一の土地信託事業、青野運動公苑(加西市)。県は見込んだ配当25億円を受け取るどころか信託銀行2行に対し、既に約105億円を支払った。右肩上がりの成長を見込んだ失敗のつけは、さらに増える可能性もある。

 30日夕、ゴルフ場の従業員らが最後の客を送り出した。緑豊かな丘陵に、パブリックゴルフ場、計20面のテニスコートのほか、130人を収容できる宿泊施設もある。

 ゴルフ場の利用者は年間7万人を見込んだが、計画を上回ったのは、開業翌年の1992年度と93年度の2年間だけ。2014年度は、計画の56%に当たる約3万9千人まで落ち込んだ。

 県の思惑が外れたのは事業計画だけではなく、法廷でも予期せぬ展開になった。

 単年度赤字が発生したため、県は01年度から2行の損失を補償し、資金調達を支援してきた。しかし経営は改善されず、県が06年に損失補償を打ち切ったため、2行は約78億8千万円を自己資金で返済した上で、県に支払いを求めて提訴。最高裁まで争われたが、県の全面敗訴となり、約26億6千万円もの利息を含め約105億4千万円を払った。

 県は民間に事業を託しリスクを回避したはずだったが、高裁判決は「不利益も受益者(県)が負担するのが妥当」と指摘。県にとっては善意で協力した損失補償も「債務があれば負担する意思があった」と不利に働いた。

 県は、信託契約終了時の残債約8億3千万円の負担をめぐる民事調停を進めてきたが、不調に終わる見通し。この残債も県が担うことになり、施設の改修費も含め、2行にも負担を求められるか検討するという。

 1日から新事業者による運営が始まり、県は今後、県営ゴルフ場などとして再生させる意向だが、少子高齢化の影響もあり、再生は簡単ではない。テニスと宿泊施設の利用者も、ここ10年は約3万人で横ばいが続く。

 4月の運営事業者の公募では、買い手はなかった。年間6千万円としていた県への納付額を、10年間で計3億5千万円に引き下げ、横浜のコース管理会社が運営を行うことに決まった。

 県は「経営改善で損失を少なくし、今後の財政健全化に影響はない」とする。しかし、ゴルフ場の競争激化もあり、経営が好転するかは見通せない状況だ。(桑名良典、斉藤正志)


【県の判断甘かった】
 大阪大大学院国際公共政策研究科の赤井伸郎教授(公共経済学)の話 バブルの時代は土地さえあればもうかるという考えがあった。当時の県の判断や県議会のチェックが甘かったことが問題だが、かなりの時間が過ぎており、責任を問うのは難しい。今後、事業を行うには長期的なリスクを考慮した上で、情報公開を図り、透明性を確保した財政運営が求められる。

別の記事では「なにしろ昔のことで、詳しいことを知っている人は誰もおりません」と県の担当部門の職員が言ったとか・・

やはり日本は「公務員・官僚国家日本」だ。「そんな文句言うなら公務員になってみい」ってか。モロにそう言われた人がいる。
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「核燃サイクル推進変わらず」経産相が工場視察、河北新報
 林幹雄経済産業相は28日、青森県六ケ所村を訪れ、原発から出る使用済み核燃料の再利用を目指す「核燃料サイクル」について「進めることに変わりはない」と述べ、推進の考えを強調した。日本原燃の使用済み核燃料再処理工場などを視察後、記者団に答えた。

 核燃料サイクルをめぐっては、原子力規制委員会が高速増殖炉「もんじゅ」の運営主体見直しを文部科学省に勧告。六ケ所村の再処理工場は完工延期が繰り返されている。

林氏はこうした動きを「管理体制の指摘や新規制基準対応のため」とし、サイクル政策の方向性への影響を否定した。

 再処理事業の主体となる認可法人の新設など経産省が進める体制見直しについては「(事業の委託先となる)原燃を国がさらにバックアップするため」と説明。政府の関与が強まることで、原燃の地域振興策が後退しないかとの懸念には「そういうことがないようにする」と話した。

 林氏はプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料工場の建設現場、高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センターなども視察した。

2015年11月29日日曜日
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「水木語録」人生の本質 怠け者になりなさい、東京新聞
2015年12月1日 夕刊

2014年5月、「水木しげる漫画大全集」を手に笑顔を見せる水木しげるさん(左)と妻の武良布枝さん=東京都調布市で

十一月三十日に死去した漫画家水木しげるさんは作品だけでなく、常識の枠にとらわれない発想、ユニークな言動や人柄が愛された人でもあった。水木さんの人生哲学には過酷な戦争体験の影響もあるとされ、数多く残された「水木語録」には、物事の本質が隠れている。

 「怠け者になりなさい」。水木さんの人生哲学の中で、多くのファンに支持されている言葉だ。著書「水木サンの幸福論」で強調しているのは「努力しても結果はなかなか思い通りにならないこともある」ということ。

「怠けることの大切さ」を述べているようにみえるが、時には力を抜き良い結果を出すための方法について語っていた。

 世界各国にある大好きな妖怪の“すみか”を訪ね、「目に見えないものを感じる」ことの重要性も説いた。合理主義ではなく、世間に流布する価値観で捉えきれない事象を解明することが、人々の「幸福につながる」と考えていた。

 子育ても一風変わっていた。娘が寝坊して学校に遅刻しそうなときでも「眠たいと言っちょーのに。寝かしてやれ」と妻と口論した。水木さん自身も睡眠を大切にし、九十三歳で亡くなるまで現役を続けた。

 水木さんの二人の娘は、幼いころ、人前でおならをすることが、良いことだと思い込んでいたという。水木さんが喜ぶからだ。夫婦や家族でいさかいがあっても、誰かがおならをすれば笑いに変わった。場を和ませようと、わざと人前で鼻をほじる水木さんの「ゆるキャラ」ぶりは大きな魅力だった。

 水木さんの規格外ともいえる発想は、不条理な戦地体験が大きく影響しているとされる。

 戦記漫画の代表作「総員玉砕せよ!」では、目の前で大勢の戦友が死んでいった戦地でのやるせない思いを、登場人物たちによって語らせた。

 作品の中で、日本本土が爆撃されていると知った兵士は、上官に切々と語る。「かんじんの内地がめちゃくちゃにやられてたら、一体我々はなにしにこんなところで戦うのでしょうか」。また軍医は「(軍隊は)本来のあるべき人類の姿じゃないのです」「すみ渡る空やさえずる鳥や島の住人のような健全さはどこにもありません」と訴えた。機会を捉えては、戦争や軍隊の非人間性を語り続けた。

 次女悦子さんが小学校でいじめに遭い自殺を考えたときのことだ。水木さんは「死んでしまえば何にもならん。幸せはな、心と体で感じるものなんだ」「生きておればいずれ分かる。だからもう少し生きてみないか」と語り掛けたという。

◆布枝夫人「これも神様が決めたこと」

11月30日に死去した漫画家の水木しげるさんの妻武良布枝(むらぬのえ)さんら遺族が1日、「『最期は神様が決めることに従ったらええ』と言っていた水木。苦しまず自然に最期を迎えられたことは良かったと思います。家族に囲まれて穏やかに逝きました」とのコメントを水木プロダクションの公式サイトで発表した。

<コメント全文>

 「お父ちゃんが亡くなる」

 信じられないことでした。

 「100歳まではいくようだネ、いや120歳かな」と水木はいつも話していました。これからも淡々と歳を重ねていつの間にか100歳を迎える、今後もずっと同じような日々が続いていく、と思っていました。

 昨年暮れに心筋梗塞で倒れ2カ月入院して、今年2月には車いすでの退院でした。すっかり体力が落ちたのですが、その後持ち前の強さを発揮して少しずつ歩けるようになりました。

 家から会社までの1kmの道のりを歩けるまでに回復。食欲も戻って「何かうまいものはないの?」が口癖でした。

 「最期は神様が決めることに従ったらええ」と言っていた水木。苦しまず自然に最期を迎えられたことは良かったと思います。家族に囲まれて穏やかに逝きました。自宅で転倒したことがきっかけになったのはとても残念でしたが、これも神様が決めたことだったのかも知れません。

 家族を一番大切に思ってくれたお父ちゃん。これからもきっと見守っていてくれると思います。今は、亡き戦友との再会を喜んでいるかもしれないですね。

 最後になりましたが、ファンの皆様、関係者の皆様、長い間、水木を応援していただきまして、ありがとうございました。
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誤算だらけの中東介入が反欧米テロを生む、ニューズウイーク
The Western Roots of Anti-Western Terror

戦略もパートナーも間違っている対テロ戦争に勝ち目はない。 安易な介入はかえって事態を悪化させるだけだ

2015年11月27日(金)12時24分

ブラマ・チェラニ(インド・政策研究センター戦略問題専門家)

 テロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)によるパリ同時多発テロは、欧米主要国による中東介入の問題点をあらためて浮き彫りにしている。介入は予期せぬ結果を招き、欧米はそれを封じ込められない。シリア、イラク、リビアの国家破綻はイエメンの内戦とともに、広大な戦場と大量の難民、今後長期にわたり国際安全保障を脅かすイスラム過激派を生み出してきた。欧米もそれに少なからず加担している。

 欧米の中東介入は今に始まったことではない。イラン、エジプト、トルコを除く中東の主要国は、大部分が第一次大戦後の英仏による中東分割の産物だ。01年以降のアメリカ主導のアフガニスタンとイラクへの介入にしても、以前からの欧米による中東の地政学的枠組みづくりの一環にすぎない。

 問題は欧米が一貫してイスラム過激派の「穏健派」を訓練し、資金と武器を与えて「過激派」と戦わせる戦略を取ってきた点だ。暴力的な「聖戦」を仕掛けている連中が穏健派であるはずがない。しかしアメリカはシリアの反政府武装勢力の兵士がISISに寝返っていることを認めながら、新たに1億ドル近い追加支援を約束した。

 フランスもシリア反体制派に資金援助を行い、最近ISISに対する空爆も開始した。だからテロの標的になった。パリ中心部のコンサートホールを襲った犯人は、オランド大統領を「シリアに介入すべきではなかった」と非難していたという。

 独立志向・現実主義の外交の伝統を持つフランスは03年のアメリカ主導のイラク侵攻・占領には反対した。しかし07年に誕生したサルコジ政権はアメリカおよびNATOとの共闘を強め、11年にはリビアのカダフィ政権打倒に積極関与。12年のオランド政権誕生後は介入主義の急先鋒と化し、アフリカ各地で軍事作戦を実施している。

悪循環を加速させる恐れ

 歴史の教訓を無視した介入だ。21世紀の欧米の介入は予期せぬ結果を招き、それが国外に飛び火して新たな介入を招いてきた。

 同様の悪循環は20世紀後半にも起きた。1980年代、米レーガン政権は(サウジアラビアから資金提供を受けて)アフガニスタンでソ連と戦う大勢のイスラム過激派を訓練した。それが国際テロ組織アルカイダを生み、アルカイダによるテロはやがてジョージ・W・ブッシュ政権にアフガニスタン侵攻を促し、イラク侵攻の口実を与えた。

 その後も欧米は過ちを繰り返した。リビアに介入してカダフィ政権を打倒した結果、イスラム過激派が勢力を拡大し、武器や戦闘員が国外へ。フランスがアフリカのマリなどで対テロ軍事作戦に踏み切る事態になった。シリアでも(スンニ派のサウジアラビアなどの支持を受けて)アサド大統領に退陣を迫ったために、内戦が激化。その混乱に乗じてISISがシリアに侵攻、急速に勢力を拡大したため、アメリカなどが昨年シリア空爆を開始。最近フランスも加わった。

 アサドを支持するロシアは独自に空爆を行っているが、やはりテロの標的になっているようだ。シナイ半島でのロシア機墜落はISISの仕業とみられており、シリアとイラクへの軍事関与強化を促し、介入の破壊的な悪循環を加速させる恐れがある。早くもフランスやアメリカなど各国で感情的に政策が策定される兆しが見える。

 欧米は最近の過ちに学び、その教訓を生かして慎重に対応すべきだ。オランドのようにテロを「戦争行為」と呼んで国内のテロ対策強化を図るのは敵の思うつぼ。むしろ故サッチャー元英首相の忠告に従い、テロリストの「生命線であるPRという酸素」の供給を断つべきだ。そもそもイスラム過激派組織や原理主義勢力に資金提供しているアラブ諸国と組んで対テロ戦争が戦えるとは思えない。思わぬ結果を招くリスクが大き過ぎる。

 今からでも悪循環を断つことはできる。だが最近のISISによるテロへの対応を見る限り、その見込みは薄そうだ。

©Project Syndicate

[2015年12月 1日号掲載] 引用元
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国内の温室効果ガス排出量、5年ぶりに減少 環境省が発表、ハフポスト
2015年11月27日 10時34分 JST

環境省は26日、二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの国内排出量は2014年度実績で13億6,500万トン(CO2 換算)だった、と発表した。前年度比3.0%の減少。排出量が減ったのは、09年度以来5年ぶり。数値は同日午前に開かれた政府の地球温暖化対策推進本部会合で報告された。

09年度は「リーマン・ショック」で経済活動が落ち込み、排出量が08年度の13億2,700万トンから12億5,000万トンに減った。しかし、その後は増加して13年度は14億800万トンだった。

環境省は、排出量が5年ぶりに減少した理由について「電力消費量の減少や再生可能エネルギー利用が進んだことにより、発電に伴うCO2排出量が減ったため」と説明している。日本の14年度の温室効果ガスのうちCO2 は約93%を占めている。  引用元
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ピケティ絶賛!格差解消の切り札はこれだ、東洋経済
平等な社会に向けた現実的なビジョン
2015年11月27日

『21世紀の資本』が世界的なベストセラーとなり、著者ピケティが来日してから約1年。ピケティの師であるアンソニー・アトキンソン氏の著書『21世紀の不平等』が12月11日に刊行される。ピケティ氏が格差解消の手段として世界的な資本税を挙げたのに対し、アトキンソン氏はもっと多面的で実現可能性の高い15の方法を提案しているのが特徴だ。

今回刊行される日本語版では、ピケティ氏による序文「平等な社会に向けた現実的なビジョン」が掲載されている。東洋経済オンラインではその序文を全文掲載する。

経済学が社会道徳科学であることを実証


『21世紀の不平等』。アメリカで5万部売れており、世界16カ国で刊行。著者アトキンソンによる不平等研究の集大成でもある。

アンソニー・アトキンソンは、経済学者のなかでも独特の位置を占める。過去半世紀にわたり、アトキンソンは主流トレンドに刃向かって、不平等の問題を自分の研究の中心に据えつつ、経済学がまず何よりも社会道徳科学なのだということを実証してみせた。その新著『21世紀の不平等』――これまでの著書よりも個人的で、行動計画に完全に専念した本だ――において彼は新しいラディカルな改革主義の大胆な概略を述べている。

アトキンソンの改革主義には、進歩的なイギリスの社会改革者ウィリアム・ベヴァリッジを思わせるものがある。読者は、彼のアイデア提示の方法を楽しんでほしい。この伝説的なまでに慎重なイギリスの学者は、本書ではもっと人間的な側面をあらわにして、論争に身を投じ、具体的で革新的で説得力ある提案の一覧を提示する。

それは別のやり方がまだ存在すること、社会進歩と平等への戦いが正当性を回復せねばならないこと、それもいま、ここでそうすべきだということを示す。彼は累進課税への復帰を財源とする、ユニバーサルな家族手当を提案する――これらをあわせると、イギリスの不平等と貧困をアメリカの水準からヨーロッパの水準まで引き下げるはずだ。

また彼は、失業者のための最低賃金での公共的な就職保証を訴え、革新的な国民貯蓄システムで、預金者に収益保証をつけることで、資産所有へのアクセス民主化を支持する。18歳になった時点で資本給付という形で万人に相続財産が与えられ、その財源はもっと強固な相続税だ。

イギリスの人頭税――地方政府の一律税率の税――は廃止し、サッチャリズムを実質的に破棄しようと言う。その効果は実にすがすがしい。ウィットに富んで、エレガントで深遠なこの本を是非読んでほしい。それは政治経済学とイギリスの進歩主義が提供してくれるものの最良のブレンドとなっている。

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フランス人記者、憲法9条のある日本は軍事介入から距離を置くべき

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2015年12月01日(火)
坐禅と遍路から観えた釈尊の教えと 釈尊が現代のわれわれに問いかけること その5
坐禅と遍路から観えた釈尊の教えと
釈尊が現代のわれわれに問いかけること


第5回


2.釈尊は、現代のわれわれに何を問いかけているのか?

  釈尊が、もし今出て来られたら、例えば次のように問いかけられるのではないでしょか?

① 皆さん! 突然ですが、地動説と天動説どちらが正しいと思われますか?もちろん地動説ですよね。ところで人間観で言えば、自他対立の中で自分あるいは人間中心に世界や宇宙が回っているように振る舞っておられる皆さんの人間観は天動説であり、人間は生命の働きの流れの中の渦に過ぎないひと続きの大きな生命であるという私の気付きが、地動説なのです。皆さんは宇宙観では天動説を卒業されましたが、人間観においてはまだ天動説を信じておられるのです。

眼には、太陽は東から昇り、西に沈むと確かに見えているのに正しいのは地動説だと信じることのできる皆さんです、宇宙や地球や生命の成り立ちが、科学の力で明らかになりつつある今、宇宙や地球や生命が、人間中心で無いことは既にうすうす感じておられるのではないでしょうか!

特に一つのクオークから宇宙の全てが出来たと説くビッグバンは、皆さんの間ではほぼ常識になっているようですね。これって“山川草木悉皆成仏”つまり人間も山も川も草も木も石も全て一つの同じ生命であるとの私の気付きとそっくりと思われませんか!我ながら驚いています

② もちろん私は、人間的な現世の幸せを求めてはいけないとか、人間は、理性や言葉無しに生きるべきであるとか言おうとしているのではありません。ただ私自身、生命が生命しているだけと気付いて、初めて、何故、私は、地位や財産や素晴らしい家族に恵まれ、一流の学問も身につけながら、苦を感じ、全てを捨てて出家したのかが、ハッキリ理解できたのです。

生命は、この世に現れるには、私という個体が必要です。そして欲望や言葉などの能力は、個体が生きて行くための手段として生命が私に授けたものです。その私が、生命ではなく、生命が創りだした手段である欲望や言葉の創る世界を、自分自身だと錯覚している様子を見て、生命が、“そうじゃないよ!”とシグナルを送ってくれたのです。

私は、気付きを得た後、欲望は追求すると満足されないとの苦の消滅のメカニズムをお示ししました。天動説の人間観を信じたままでいると、真の自己の姿を見失うことになるばかりか、真の幸せも遠ざかるだけです。

真の幸せは、心の安らぎであり、真の自己を冷暖自知してこそ得られるモノなのです。

皆さんの理性が生み出した科学が何度も何度も地球を滅ぼす力を得た今だから、正しい人間観・生命観が必要だと何とかしてお伝えしたいのです。

③ 人間中心の天動説の人間観は、言葉が創りだした抽象概念の創った錯覚なのです。言葉はあくまで人間同士のつながりを深めるために道具の筈でした。しかしその言葉に頼る余り、みなさんはその落とし穴にはまり込み、今そのことにすら気付いていないのです。

それが証拠に言葉の発達とその極致とも言えるICTの普及に比例して、人間の絆はドンドン薄くなり、民族間の軋轢も深まっているではありませんか。

それは何故でしょうか!最近は、レストラン選びもスマホのデータに頼り、スマホの評価と合わなければ自分の味覚を疑う人もあると聞くではありませんか!言葉による概念化には、元来全てを分断してしまう恐ろしさが隠されています。今や ICTの発達が、言葉が創りだす錯覚の落とし穴を益々大きくし、破壊力を益々増大させています。この今だからこそ、皆さんに私の“大根とお茶の説法”をお聴き頂きたいのです!坐禅をお薦めしたいのです!

ところで見る・聞くの前に、目に・耳に入るがあるとの気付きって、今思うと至極シンプルながら、人間観における地動説とも言える大発見だったのですネ!

どうか皆さんも、私の教えや他の人の宇宙・地球・生命の解説からだけではなく、生命観のビッグバンであり地動説とも言うべき真実のご自分をぜひご自身で気付いて下さい。
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水木しげるさん死去 93歳 伝説の妖怪に息吹、東京新聞
2015年11月30日 13時56分

「ゲゲゲの鬼太郎」「悪魔くん」などで親しまれた漫画家の水木しげる(みずき・しげる、本名武良茂=むら・しげる)さんが三十日午前七時ごろ、心筋梗塞のため東京都内の病院で死去した。九十三歳。鳥取県境港市出身。自宅は東京都調布市。葬儀・告別式の日取り、喪主は未定。


 水木さんが入院していた杏林大付属病院(東京都三鷹市)によると、水木さんは今月十一日に自宅で転倒し、頭を強く打って都内の別の病院に搬送された。同日、杏林大付属病院で緊急手術を受けた。二十八日に呼吸状態が悪化し、三十日午前に死亡が確認された。

 武蔵野美術学校(現武蔵野美術大)中退。太平洋戦争下の一九四三年に応召。激戦地ニューブリテン島ラバウルで、左腕を失う。復員後、紙芝居作家をへて上京し、貸本漫画家に。五八年、「ロケットマン」でデビュー。「墓場鬼太郎」「河童の三平」など、人間世界の不条理に切り込むユーモラスな妖怪もので人気を集めた。

 漫画誌「ガロ」や少年誌にも多くの作品を連載。「ゲゲゲの鬼太郎」は何度もテレビアニメや映画になり、幅広く愛された。九死に一生を得た戦争体験をもとにした「総員玉砕せよ!」などの戦記漫画も多い。

 一九六五年の「テレビくん」で講談社児童漫画賞。九六年、日本漫画家協会賞文部大臣賞を受賞。二〇〇七年には自伝漫画「のんのんばあとオレ」で仏アングレーム国際漫画フェスティバル最優秀賞を日本人で初めて受けた。

 九一年に紫綬褒章、〇三年に旭日小綬章を受章。妻布枝(ぬのえ)さんの自伝をもとにしたNHKドラマ「ゲゲゲの女房」がヒットした二〇一〇年、文化功労者に選ばれた。

 今年五月には、水木さんがラバウルに出征する前年の二十歳のころに書いた手記が発見され、七月に文芸誌に掲載された。「毎日五萬(まん)も十萬も戦死する時代だ。芸術が何んだ哲学が何んだ。今は考へる事すらゆるされない時代だ」などの混乱する感情がつづられていた。

◆戦争体験 原動力に
 <評伝> 漫画家の水木しげるさんは、日本に古くから伝わる妖怪を描き続け、一つの文化をつくり上げた。子泣き爺(じじい)や、砂かけ婆(ばばあ)、一反木綿…。伝説の妖怪は、水木さんの手で生き生きとよみがえり、人々の心に焼き付いている。

 幼いころ、手伝いで家に来ていた「のんのんばあ」から聞かされた話で妖怪に興味を持った。二〇一〇年に取材したとき、「頭がいいもんだから小さいころ聞いた話をみんな覚えていてね」と頭を指さし、いたずらっぽく笑ってみせた。

 戦争体験を投影した漫画も印象深い。二十一歳で故郷の鳥取連隊に入営し、ニューブリテン島へ。空襲や銃撃に加え、飢えに苦しみ、ワニやマラリア蚊におびえた。さらに玉砕命令が水木さんら兵隊を追い詰めた。戦記漫画「総員玉砕せよ!」に書いたことの九割近くが「本当です」。そう言った時の真剣なまなざしは、戦争への深い怒りに満ちているように見えた。

 一九六五年の「テレビくん」が評価されるころまでは貧乏時代。そのころ描いた鬼太郎やねずみ男は、自分と同じく「しょっちゅうおなかがすいてるの」。

 二〇一〇年、柳田国男の名著を漫画化した「水木しげるの遠野物語」を刊行したころ、「昔は、ランプだったから。妖怪話には都合がいい」と繰り返していた。物質的に豊かになるのと裏腹に、目にみえるものばかりを信じがちになる時代の流れを、嘆くかのようだった。 (岩岡千景)

南方戦線で生き延びた漫画家 水木しげるの言葉


死んだ人間が一番かわいそうだけん、生きとる人間には同情せんのです。

☆敗戦後の日本に生きる普通の民間人にとって「水木しげる」さんの存在と彼の創作活動、発表作品は、とても大切なものだった。

彼は青年の時代も、家族を食わせる日常でも、官に一切庇護されることなく、一民間人として戦前戦後の日本で生き抜いてきた。

もっともっと長生きして欲しかった。水木さん本当にありがとうございました。心からご冥福を祈ります。

 本ブログではこれまで水木さんに関するエントリーを多数掲載していますが、その中から以下に再掲載します。

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水木しげる原作テレビドラマ「鬼太郎が見た玉砕」
2010年03月29日(月)


昨夜NHKで24:10から戦記マンガ『総員玉砕せよ!』などを原作にしたドラマ『鬼太郎が見た玉砕ー水木しげるの戦争』が再放送されました。このテレビドラマは2007年8月12日にNHKスペシャルの終戦記念日関連特番として放送されていて、当時私も見ました。

今朝からNHKで水木しげるの奥さんを主人公にした朝ドラがスタートすることから再放送になったのかも知れません。

原作の『総員玉砕せよ!』はその90%が水木の実体験がベースになっているとのことで、Wikipediaによると

『やがて太平洋戦争が始まる。「召集されれば死だ」と考えた茂は、「人生の意味」を求めるため、哲学書や宗教書などを濫読する。その中で、一番気に入ったのが、ヨハン・エッカーマン『ゲーテとの対話』だった。ゲーテにはその後も心酔し続けており、「自分の生き方の基本はゲーテ」と語っている。ーー

召集令状を受け取った茂は、鳥取歩兵第四〇連隊に入営した。ラッパ手を命じられたが信号ラッパがどうしても上手く吹けず、転科を願い出たところ、歩兵として南方行きが決定した。

1943年10月、その後の人生に大きく影響したニューブリテン島ラバウルへ岐阜連隊・歩兵第二二九連隊(連隊長に平田源次郎大佐)の補充要員として出征する(当時21歳)。乗船したのは日本海海戦で「敵艦見ユ」を打電した老朽船・信濃丸だった。ラバウルへ向かう途中敵潜水艦に襲われたものの、なんとか無傷で現地に上陸する。このニューブリテン島での戦争体験がその後の水木作品に影響を与えた。装備も作戦も優れた連合軍の前に、所属する臨時歩兵第二二九連隊支隊長の成瀬懿民少佐は玉砕の命令を出すが、水木が所属していた第二中隊長の児玉清三中尉の機転で遊撃戦(ゲリラ戦)に転じ、そのおかげで生命を拾うこととなる。児玉はその後自決した。

その後、水木はマラリアを発症し、死線をさまよう。さらに療養中に敵機の爆撃を受けて左腕に重傷を負い、軍医によって麻酔のない状態で左腕切断手術を受けた。だがマラリアも負傷も快復して終戦を迎え、九死に一生を得て駆逐艦・雪風で日本本土へ復員できた。』

☆このドラマを見て、この「水木しげる」という人間が生き延びて日本に帰還したのは偶然かもしれないが、彼はそのことを偶然とは受け止めず、亡くなった上官や戦友のための語り部の役を与えられために、自分はこの娑婆に存在していると思うようになった気がしました。

ラバウルの本部に最後の全員突撃の電報を打った若い少佐が戦死したあと、全員玉砕命令にも関わらず戦闘の歯車の狂いで、生き延びてしまった81人の兵員たち。味方の陣地にたどり着いた彼らを待っていたのは、既にラバウルの全軍人に玉砕した軍神たちと祭り上げられていたためこの世に生存してはいけない存在になっているという現実でした。

81人は自決を暗に強制された尉官3名を除き、再度玉砕攻撃を命じられて重傷を負った少数を残して戦死しました。生き延びた水木しげるがこのことを書かなければ、帝国陸軍の公式記録にはないこの事実は闇から闇へ沈んでいたことになります。

3年前に見たときに比べると、このドラマが自分の中で衝撃が大きかったのは外国であるポーランドの将校たちの理不尽な死を画いた映画「カチンの森」を見ていたからだと思います。国や兵と将校の違いはあっても、戦争での「理不尽な死」に変わりがないと。

そしてちょっと変わった妖怪漫画家である「水木しげる」という存在が、その後自分の中で変容してきたことにあります。

鶴見俊輔が認めている「自分の戦争体験」の物書きの中に「野坂昭如」と並んで、「水木しげる」が上げられていることも気づきの一つのきっかけになりました。

ドラマを見終わってしばらくしたら、ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダと、日本の漫画家水木しげるは全く同一線上に立つ同時代人だとそんな思いがわいてきました。

なお、主役の香川照之はまたアンタかいと思ったのは事実ですが、大した役者です。奥さん役の田畑智子は変わり者の旦那をリスペクトしながらあしらういい演技をしてました。
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最近、兵士の夢を見る
特集ワイド:この国で確かにあったこと・2014年夏/5 最近、兵士の夢を見る--漫画家・水木しげるさん
毎日新聞 2014年08月13日 東京夕刊

 ◇命懸けで合流した部隊で「死ね!」こみあげた怒り--水木しげるさん(92)

水木しげるさん=竹内紀臣撮影

 「最近、戦争の夢を見る夜が増えた」という。鬼太郎ブームを巻き起こした日本を代表する漫画家、水木しげるさん(92)が見る夢の中で、亡き戦友たちが無言で目の前を通り過ぎる。

水木さんの右手は空をつかむようにして戦友を呼び止める。だが「『おーい!』と声をかけても誰も振り向いてくれない」。

ジャングルの中で、負傷兵を護送する衛生隊。水木さんはこの地で多くの戦友を失った=ニューブリテン島ラバウルで1944年

 東京都調布市の水木さんの事務所。鬼太郎や妖怪たちのフィギュアやお面が見守る。太平洋戦争中、激戦地、ラバウル(現パプアニューギニア・ニューブリテン島北東部)にいた。目の前の机に置いたのは、戦記漫画「総員玉砕せよ!」の初版本。「90%は戦地で自分が見聞きしたこと」という。

 召集令状が届いたのは1943年春、21歳の時だった。古い船に乗せられラバウルに着いたのは秋。ラバウルはガダルカナル島などへの中継地点で、連合国軍の空爆の標的になった。すでに戦局は悪化し、水木さんの船はラバウルに到着した最後の船だった。

 戦場は常識が通用しない世界だった。「上官から毎日50発ぐらいビンタされていました。

水木さん(自分のことをこう呼ぶ)は、一秒でも長く寝ていたいから起床が一番遅い。だから朝から『ビビビビビン!』とビンタされる。

銃の手入れが悪いと指摘されたり、軍の規則に少しでも外れる行動をしたりすれば、これまたビンタなのです」。兵隊は消耗品と位置付けられ、初年兵と畳はたたくほどよくなると言われていた。

 「戦時中、特に前線では人間扱いされることなんてあり得ないことでした。人間なのか動物なのか分からないほど、めちゃくちゃだった」

 分隊で、間もなく夜明けという頃に海岸線の歩哨に立った。望遠鏡でオウムを観察していて時間に遅れそうになり、慌てて隊に戻る途中、分隊は森側から敵襲を受け、全滅。水木さんは海に飛び込み、現地住民に襲われたり密林の中をさまよったりしながら本隊と合流を試みた。重い銃や弾は捨て、5日ほどの逃避行。

「時間の感覚がまったくなかった。あるのは『生きて日本に帰りたい』という気持ちだけだった」と振り返る。

 死線を乗り越えて部隊に合流すると思いがけない言葉が返ってきた。小隊長は「天皇陛下からもらった銃をなぜ捨てて帰った!」と怒鳴った。中隊長は「なんで逃げて帰ってきたんだ。みんなが死んだんだからお前も死ね!」と。

 水木さんはこの時の心境について一言だけ述べた。「兵隊が逃げていたら戦争なんかできないから、生きて帰ったと叱られたわけですよ。だけどね、命からがら逃げてきて『死ね』と言われてもできるわけないですよ」

 著書「水木しげるの娘に語るお父さんの戦記」(河出文庫)にはこう記されている。<中隊長も軍隊も理解できなくなった。同時にはげしい怒りがこみ上げてくるのを、どうすることもできなかった>

 「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓が、戦場にいた人の心を狂わせた。水木さんは口調に力を込めた。

「体面を重んじたり、部下を忘れて美しく死のうとしたりする上官が多かった。玉砕という言葉が、生きたいと願う兵隊一人一人の人生に絡みついて離れない感じだった」。

水木さんの直属の上官、27歳の大隊長は、皇国史観の下で「忠臣の鑑(かがみ)」とされた楠木正成に心酔していた。

のちに戦況不利と判断すると玉砕を決行している。

 爆弾で手足をもぎ取られたり、腹を撃たれたりしてうめく兵士。戦場では死は常に隣にあり、命は軽すぎた。作品では仲間の死に兵隊が涙を流すシーンがあるが、「水木さんは戦場ではあまり悲しんでなんかいられなかった。

なんていっても誰かに次の死がやって来ましたから……」。水木さんがソファから背中を浮かすとシャツの左袖がひらりとした。そう、この人は命こそ助かったが、左腕を失った。

 マラリアで40度以上の高熱が出て兵舎でふせっていた時、空襲による爆発で左腕を負傷した。「バケツ1杯分の出血があった」(水木さん)。治らないと判断した軍医がナイフで腕を切断。傷口にウジ虫がわき、腕は顔よりも大きく腫れ上がった。

マラリアもひどくなり、状態は悪化。「周りは『死ぬだろう』と言っていました」。実際、埋葬用の穴が掘られていた。

 持ち前の体力でなんとか持ち直し、野戦病院に運ばれた。現地住民との交流で食べ物を得たことなどで回復。復員は46年、24歳の時だった。

 戦時中にニューブリテン島にいた旧日本軍は約10万人。厚生労働省によると、戦没者は約1万3700人に上る。

 ふと気がつくと、水木さんが「総員玉砕せよ!」のラストシーンをじっと見つめていた。兵士たちが玉砕する前に好きな歌をうたう場面だ。命の最後に選択したのは女郎の歌だった。

<私は~ な~あんで このよう~な つら~いつとめ~をせ~にゃなあらぬ>。

突撃。体を吹き飛ばされる兵士、誰にもみとられなかった死体の山、そして白骨の山で作品は終わる。

 「日本に戻ってからは『かわいそう』という言葉は使わなかった。この言葉は戦場で命を落とした兵士のためにあるのですから」。

残った右手がページの上をなでるように動いた。「これを描いている時はアイデアを考えたりしなくても、何も意識しないで右手が勝手に動いた。あの島で死んでいった兵士がね、描かせたんだね」

 再び戦争ができる国を目指しているかのような安倍政権。現状を戦友にどう伝えるのだろうか。答えはなかったが、「平和を維持するには」と尋ねると、こう返ってきた。

 「水木さんは国のことはあまり考えません。それよりも自分の生か死--。この二つを戦場では強烈に突き付けられていました。誰が何と言おうと『自分は生きたい』と思うことが大事なのです」

 ひょうひょうとした口調。「平和が大切!」と声高に叫んだりはしないし、国を批判するわけでもない。それでも「戦争は嫌だ」との気持ちが伝わってくる。

 暑い。涼を求めて東京都内の大手書店に足を踏み入れると、特攻隊をテーマにした「永遠の0」が平積みされていた。

一方、水木さんが「自身の著作の中で一番好きな作品」という「総員玉砕せよ!」(講談社文庫)は棚に静かに置かれていた。

戦後日本が変わりつつある今、政治家、そして若者に「死んでいった兵士たちが描かせた本」を手にしてほしいと切に願う。【瀬尾忠義】

==============

 ■人物略歴

 ◇みずき・しげる

 1922年鳥取県生まれ。復員後、紙芝居画家から貸本漫画家に転向。65年に発表した「テレビくん」で講談社児童まんが賞を受賞。代表作は「ゲゲゲの鬼太郎」「悪魔くん」「河童(かっぱ)の三平」など。

当初掲載日は2014,8.14.
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日本軍将兵の証言・手記にみる慰安婦強制の実態,トランスナショナル・ヒストリー
一部引用・・

ニューブリテン島・ココポの陸軍「慰安所」に行列をつくり並ぶ兵士たち、時期:1943年末頃
出典:水木しげる『総員玉砕せよ!』講談社,1995年,p.14


1943年末頃にラバウル近郊のココポ(ココボ)にあった慰安所のことを、水木しげる氏が回想しています。

「日本のピー(日本人慰安婦)の前には百人くらい、ナワピー(沖縄出身)は九十人くらい、朝鮮ピーは八十人くらいだった。」(『本日の水木サン - 思わず心がゆるむ名言366日』草思社,2005年)

「彼女たちは徴兵されて無理矢理つれてこられて、兵隊と同じような劣悪な待遇なので、みるからにかわいそうな気がした。」(『水木しげるのラバウル戦記』筑摩書房,1994年)

(「慰安所はまさに地獄の場所だった」…水木しげる:http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-167.htmlより)

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当初掲載日 2014.9.26
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水木しげるが描く戦地のピー(慰安婦)の話。
水木しげる「慰安婦は地獄だったし賠償すべきだろう。体験ない人には分からないよ」

2015年03月18日 20:55

「慰安婦は地獄だったし賠償すべきだろう。」

『本日の水木サン』より

「戦争中の話だが、敵のいる前線に行くために、「ココボ」という船着場についた。

ここから前線へ船が出るのだ。そういうところには必ずピー屋がある。ピー屋というのは女郎屋のことである。

ピー屋の前に行ったが、何とゾロゾロと大勢並んでいる。

日本のピーの前には百人くらい、ナワピー(沖縄出身)は九十人くらい、朝鮮ピーは八十人くらいだった。

これを一人の女性で処理するのだ。

とてもこの世のこととは思えなかった。

兵隊は精力ゼツリンだから大変なことだ。それはまさに「地獄の場所」だった。

兵隊だって地獄に行くわけだが、それ以上に地獄ではないか。と」

続きを読む


当初掲載日2015.3.21

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水木しげるさん 漫画展で戦争の悲惨さ語る,NHKNEWSweb
8月13日 4時00分

「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる漫画家、水木しげるさんが、12日、東京・調布市で開かれているみずからの戦争体験を基に描いた漫画の展示会を訪れ、「戦争で自分以外はみんな死にました。戦争は死ですよ」と戦争の悲惨さを語りました。

この展示会は、戦後70年に合わせて東京・調布市で開かれているもので、地元在住の漫画家、水木しげるさんがみずからの戦争体験を基に描いた漫画「総員玉砕せよ!」の原画の複製など、およそ90点が展示されています。

12日、水木さん本人がこの展示会を初めて訪れました。

93歳になる水木さんは太平洋戦争中、陸軍に召集され、南方の激戦地で多くの仲間を失い、自身も左腕を失うなど、過酷な戦争体験をしています。

水木さんの漫画では、突撃を命じられて無残に全滅する兵士の姿など戦地の悲惨な情景が克明に描かれていて、水木さんはみずからの作品をじっくりと眺めていました。

そのあとNHKの取材に答えた水木さんは「自分は逃げ足が速かったので奇跡的に生き延びましたが、戦友はみな死にました。嫌なことが多すぎて、本当は戦争のことは思い出したくない。戦争は即、死ですよ」と話しました。

この展示会は入場無料で、来月13日まで東京・調布市の調布市文化会館で開かれています。2010

当初掲載日 2015.8.14
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甲状腺がん、15人に=子ども検査2巡目―福島県、時事通信
11月30日(月)19時15分配信

 東京電力福島第1原発事故を受け、当時18歳以下だった県民を対象に実施している甲状腺検査について、福島県は30日、2巡目の検査で9月末現在、甲状腺がんと確定した人数が15人になったと発表した。

 6月末時点から9人増えた。

 福島市で同日開かれた有識者検討委員会の会合に県が報告した。検討委の星北斗座長(県医師会副会長)は記者会見で「放射線の影響で発生したとは考えにくい」と述べ、従来の見解を維持した。

 2巡目は、事故当時の胎児も対象に加え、昨年4月に開始。対象となる約38万人のうち、約20万人が受診した。

 2011年から昨年3月までの1巡目の検査では、98人が甲状腺がんと確定している。 
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公的年金の運用損失7.8兆円=過去最大、株式投資拡大が裏目―7~9月、時事
11月30日(月)17時3分配信

公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は30日、2015年7~9月期の運用損益が7兆8899億円の赤字に転落したと発表した。
 赤字は6四半期ぶりで、四半期の赤字額としては過去最大となった。

 8月以降、中国経済の減速懸念を背景に国内外の株価が急落したことで、保有する株式の評価額が大きく下落した。

昨年10月に公表した資産構成の見直しにより、株式投資比率の目標を従来の約2倍の25%に引き上げたことも裏目に出た。

6月末に比べ円高が進行したことで、外国株や外国債券の円換算での赤字拡大につながった。運用実績を示す収益率はマイナス5.59%(4~6月期はプラス1.92%)に悪化した。

 記者会見したGPIFの三石博之審議役は「10月以降の市場環境は回復しており、今年度の直近までの収益額はプラスに転じる基調だ」と強調した。 

アメリカ金融業界の長年の要望、「日本の公的年金を株などの投資で運用する」を安倍政権が認めてこんな破目に陥っている。

御用新聞の大手新聞テレビはどこも騒がない。営々として納めてきた民間人も責任者出てこいと騒がない。
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『NEWS23』岸井攻撃をした団体の正体 . LITERA
『NEWS23』岸井攻撃の意見広告を出した団体の正体! 謎の資金源、安倍首相、生長の家、日本会議との関係

2015.11.27.

kishiishigetada_151125.jpgTBS『NEWS23』公式サイトキャスター紹介ページより

一昨日、TBSが『NEWS23』アンカーの岸井成格氏(毎日新聞特別編集委員)の降板を決定したと本サイトが報じたところ、大きな反響が寄せられた。

 解任騒動の引き金となったのは既報の通り、「放送法遵守を求める視聴者の会」なる団体が今月14日の産経新聞、翌15日の読売新聞に掲載した意見広告の存在だ。9月16日の同番組の岸井氏による「メディアとしても(安保法案の)廃案に向けて声をずっと上げ続けるべきだ」という発言を取り上げ、「放送法」第4条をもち出して〈岸井氏の発言は、この放送法第四条の規定に対する重大な違法行為〉と攻撃したのである。

 しかし、こんな団体、今まで見たことも聞いたこともない。なんなのだろう、と思っていたら、その「放送法遵守を求める視聴者の会」(以下、視聴者の会)が昨日、記者会見を行った。

 記者会見の開催について同団体がTwitterで発表したのは会見直前、しかも場所などは公開されていなかったため、IWJが行った生中継で確認したのだが、それは広告同様、とんでもない内容だった。

 まず、最初に「視聴者の会」代表呼びかけ人を務める作曲家・すぎやまこういち氏が昨今の政治報道について“極端に偏った報道が目立つ”と言い、「国民の知る権利を損なっている」と非難。そして「(この会の活動に)攻撃的な意図はない」とした上で、“世の中の政治的な運動はだいたい「○○を打破せよ!」というようなものだが、我々の運動はいまある法律を守れと言っている。めずらしい運動です”と述べた。

 だったら、その前にまず、安倍首相に憲法を守れと言えよ!と突っ込みたくなったが、他の呼びかけ人も同じ調子だった。まるで不正に立ち向かう正論のようなポーズをとるのだが、中身はまったくなく、いつのまにかネトウヨ的陰謀論をがなりたてる。

 たとえば、同会で事務局長を務める文芸評論家・小川榮太郎氏は現在の報道について“国民への洗脳レベルに達している”、ケント・ギルバード氏は“放送局自体が活動家になっているように見える”と訴えた。

 どうやらこの人たちの頭の中では、少しでも政策を批判したとたん、オウム真理教やISのようなテロ集団に分類されてしまうらしい。

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